角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る 5

シェプルスキアは少し不満なところがあった。テレナはアニドと鍵のかかった部屋で毎日過ごしているし、銃の訓練はここしばらく調子が悪い。狙った場所から僅かにずれるし、それを修正しようとしても上手くいかないのだった。

 

とはいえ、その苛立ちをどうにかできるわけではない。馬に乗っても、難しい問題に挑んでも、あるいはテアリアと追棋(アファト)をしていても、どこか気は晴れない。

 

「なんなんだろ……」

 

そう思いながら、シェプルスキアは娯楽室で本を読んでいた。得意ではないが、読めないわけではなくなっていた。

 

「……シェプルスキア嬢、今時間ある?」

 

「なに、ヤトン君」

 

シェプルスキアは目を上げて、騎士団領出身の同級生を見た。

 

「ヴィンサート教授に色々頼まれているんだけどさ、ちょっとシェプルスキア嬢にも色々聞きたくて」

 

それを聞いたシェプルスキアは、少しあたりを確認して近くに人がいないことを確認してから頷く。

 

「なにかあったの?」

 

「学院の補修の話」

 

そう言って、ヤトンは小さな紙をシェプルスキアに渡した。

 

「……物資ね」

 

「これを買い付けたいから、どれぐらいの価格になるか調べてほしいんだと」

 

「……あたしもこっちの通貨だと見当がつかないな」

 

「だよなぁ……」

 

ヴィンサートはよくも悪くも指揮官であり、教官であった。軍隊において彼の命令はすぐに実行されたし、問題があってもそれを自分たちで解決するか、あるいは問題があると報告できる部下を持っていた。しかし、学院はそういう場所ではない。

 

ここには工兵はいない。会計者もいない。もちろん、それになりうる人物はいる。シェプルスキアは最低限のそれぞれの兵種のやることを指揮官として知っていたし、帳簿を読む技能はどの職についても役立つものであったために学院においては重点的に教えられていた。

 

しかし、それとこれとはまた別なのだ。物資の買付は子供が曲がった銅貨を握りしめて市場に野菜を買いに行くのとは違う。学院の近くに流れる川を使ったとしても、物資の輸送はひと仕事だ。それに、労働力の問題もある。

 

学院の近くにある村落は、一応はそういう人手を集められる場所でもある。とはいえ、その負担は小さいものではないだろう。場合によっては近くにある商業都市のケラフェツから人足を集める必要もあるだろう。

 

その見積もりを学生にやらせるなよ、とシェプルスキアは息を吐く。とはいえ、それはいつか経験しなくてはいけないものだ。

 

「ま、こういう時のいい方法を教えてあげる」

 

「どういうことですか?」

 

「ついてきて。今の時間なら……」

 

訝しむヤトンを連れて、シェプルスキアは学院の中をうろつく。先輩たちに尋ねれば、目的の人物を見つけることはそう難しくはなかった。

 

「シェプルスキアさん、なんですか?」

 

「紹介するね、こちらティツン商会総経理の娘のネア」

 

こちらが質問をしている最中なのだが、と思いながらもネアは小さく頭を下げる。

 

「そちらの方はええと……」

 

「ヤトンです。騎士団領の」

 

「うん、ええとそれで……?」

 

ネアはなぜ自分が探されていたのかをよくわかっていなかった。シェプルスキアのことだからそう悪い話ではないとはわかっていても、それでもよく知らない後輩を紹介されるのはあまり慣れたものではなかった。

 

「買い物の方法について訪ねたいそうで」

 

そう言って、シェプルスキアは事情を説明する。

 

「私も別にそういう場所にちゃんと居合わせたことはないのだけれどもね。まずは学院の資料を見て、最近補修されていないか、あと過去にどこから石を手に入れたかは確認すべきでしょう」

 

「……そうですね」

 

ヤトンは頷く。

 

「あとはそうね、ここが軍事施設と見なされるならなんか手続きとか必要なんじゃないの?」

 

「そうなの?」

 

シェプルスキアは首を傾ける。

 

「んー、とはいえ誰に言えばいいのかというと難しいわね。このあたりはレイルグ君にでも聞くといいんじゃない?彼はこの種の手続きに強いから」

 

「誰だ?」

 

ヤトンはシェプルスキアに小さな声で聞く。

 

「あたしたちのひとつ下の後輩で、ティロの大学で議場学ってやつをやってた人。本当に詳しいから紹介するね」

 

「……すまないな」

 

「友達でしょ?いいっていいって」

 

そうシェプルスキアに言われながら、ヤトンは少し肩身の狭い思いをしていた。実際のところ、ヤトンはシェプルスキアとそう仲がいいわけではない。今回の話も、色々と詳しそうな人と繋がっている可能性があるから聞いただけだ。

 

「あとそうね、同君地域出身の知り合いはいないの?できればそれなりの立場の貴族が望ましいけど」

 

「レーシェヴィフのやつがいた、あいつ拓殖伯の子だよな」

 

「そういうところに確認するのも大事よ、あとシェプルスキアさん、安易に商人だからって私のところにこういう話持ってこられても困るのよね」

 

「でもネア先輩は答えられたじゃないですか」

 

少し不満そうにシェプルスキアは言う。

 

「そりゃあ、少しは心得はあるわ。でもそれはあくまで買うことだけ。買うことに付随する色々な問題については専門外」

 

「それは、やっぱりネア先輩のところがやっているのは糸とか布とかだからですか?」

 

シェプルスキアの質問に、ネアは首を振った。

 

「それもないわけじゃない。けれども最も大きいのは制度の違いよ。冷海同盟ではそのあたりをかなり勝手にやっても文句を言う人がいない」

 

「騎士団領のあたりでも、多分うるさくは言われませんね」

 

「たぶんヤトン君が言いたいものと私の言いたいものは違うかな」

 

ネアの言葉に、ヤトンは不思議そうな顔をする。

 

「騎士団領はかなりまとまっているでしょう?冷海同盟の一地域とはいえ、こと陸軍については事実上独立しているし、冷海同盟はそれを雇っているような形になっている。それに、たぶん騎士団領の中の要塞建築は上の方でまとめてやっているでしょう?」

 

そう言われて、ヤトンは納得した。騎士団領の内部で裏切りが起こるとすれば、それは軍人が部下とと主に反乱をするようなものに近い。さっきまで同じ騎士団領だったものたちに刃を向けられるかと問われれば、難しいだろう。とはいえそれは反乱側にも同じようなことが言える。だからこそ分裂は起こりにくいのだ。

 

同君地域はそうではない。ここ同君地域では階層的で曖昧な貴族の関係がしっかりと残っている。だからこそ、いつ裏切られるかがわからないのだ。隣の伯爵領と戦うのと、同盟軍として統合王国を攻めるのは、どちらも同じぐらい妥当性があることなのだ。

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