角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る 8

「テレナ、いる?」

 

扉を叩いて言い、シェプルスキアは耳を澄ませる。

 

「いませんよ、扉は開いています」

 

中から聞こえたのは後輩のレイルグの声だった。言われるままにシェプルスキアが扉を開けると独特の匂いがした。枯れ草、落ち葉、土、それとわずかな香草。どことなく懐かしさがあり、そしてすぐにシェプルスキアはその匂いの由来を思い出した。

 

「髪を染めてるの?」

 

「そうですよ」

 

椅子に座って頭に亜麻布を巻いて答えたのはフュルシーアだった。

 

「……で、レイルグ君がやったの?」

 

「ええ、手が染まらないように注意したつもりですがだめでした」

 

そう言ってレイルグはシェプルスキアに指を見せる。爪の隙間を中心に、指先全体が赤く染まっていた。

 

「……あれ、ちょっといい?」

 

「なんですか?」

 

レイルグは尋ね返す。

 

「レイルグ君が、フュルーちゃんの髪を染めたんだよね?」

 

「はい、そうですけど」

 

「……いいの?」

 

シェプルスキアはフュルシーアに視線を向ける。

 

「黙っていたんですからそのままにしてくださいよ」

 

「……あっ」

 

レイルグは少し遅れて、帰伏教、あるいは南側文化における女性の髪の話を思い出していた。自然に話を振られたので意識していなかったし、その茶色い髪と赤い毛先に見惚れていたのもあった。

 

「ま、別に南方街でも髪出している人普通にいますからね。私が学院で隠しているのは慣れているっていうもありますし、あとはこうしていると南方出身者だと相手が勘違いしてくれるからというのもありますが」

 

そう言ってフュルシーアは微笑む。

 

「……ならいいけど。テレナはどこ?」

 

「アニド先輩と一緒に図書室ですよ」

 

「……そう」

 

「ここで待ちますか?」

 

「そうする」

 

そう言って、シェプルスキアは椅子に体重をかける。

 

「嫉妬、ですか」

 

「あたしが?」

 

そういうシェプルスキアに、フュルシーアは頷く。

 

「そんなんじゃないよ、ちょっとさびしいだけ」

 

「それを嫉妬と言うんじゃないですか?」

 

「嫉妬って言うのはこう……あの戦場にあたしがいたらもっとうまくできたのに、とかそういうやつじゃないの?」

 

「そうかもしれません」

 

思ったのとは違う返しに、フュルシーアは調子を変えずに答えた。

 

「わかってるよ、あたしはテレナやアニドがやっているようなことが苦手だし、多分役にも立てない。だからあたしはあたしの事をやるべきだし、もう指導役なんていらなくなってるし」

 

シェプルスキアはふてくされたように言う。

 

「でも、それはそれとして私達は学生です。友達との関係も、自分の故郷と同じぐらいに大事にしていいんですよ」

 

「そうかなぁ……特にあたしなんかは領主だし」

 

「常にずっとひとつの役割をやっていると疲れますよ、頼れる人がいるなら、その人にちゃんと自分が疲れているって言うべきです」

 

「それで他の人に手を汚させるんですよね」

 

レイルグはフュルシーアの後ろから冷たい声で言う。

 

「いやでも見てみたいって言ったのレイルグ君でしょ?」

 

「そこで断ってくれればうまくいったんですよ、僕がせいぜい恥ずかしいことを言ってしまっただけで済んだのに」

 

レイルグが言う。かわいいなと思うシェプルスキアは、それが自分の取っている態度だとすぐに気がつけた。それはそれとして、不満はあるのである。

 

「……あたしはちゃんとわかってないけどさ、今のテレナって何やってるの?」

 

「ええと、私が知っているものは大臣の任命と、聖座と地方派の調整と、あとフェルヴァジュ管区の問題ですね。もちろん他にも細かいことをしていますが」

 

「凄いことなんじゃない?」

 

シェプルスキアにとって、自分が領主をしている共和王冠国の制度は複雑すぎるものだった。先生のようにわかりやすい弱点となる人物が見えなかった。もちろんいるのかもしれないが、それを見つけ出すための目がシェプルスキアにはなかった。

 

テレナとアニドは、おそらくそういうことをやっているのだとシェプルスキアは考えていた。シェプルスキアが高い場所から軍隊の動きを見て指揮官の場所を推察するように、地図の上に示した人間の関係からどこの誰に何を頼めば動くのかを予測しているのだ。

 

「はい!私も少しだけ手伝ってはいますが、やっぱりあの二人のようには行きませんね」

 

「フュルー嬢も変なことやってますけどね、あそこまで筆跡を変える事ができるとは思いませんでした」

 

「どういうこと?」

 

そう聞くシェプルスキアに、フュルシーアは何枚かの紙を渡した。

 

「全部私が書いたものです」

 

角張った几帳面な正確が伝わる文章。柔らかく、幼さも交じるような文字。あるいは気取った止め方と払い方をした筆使い。

 

「……別の人みたいだ」

 

「色々と仕事で必要になるので、そういうのが得意な人について手習いを少ししたことがあるんですよ」

 

シェプルスキアはそういった技能がどこで役に立つかを考えたが、あまりいい使い道は思いつかなかった。誰かの署名を真似たり、あるいは既存の文章に書き足しするようなことができるのはわかったが、それはシェプルスキアにとってはいい使い道ではなかった。

 

それはシェプルスキアがそのような方法を使わないという意味ではない。それを使いこなせない自分を理解しているというほうが適切だった。

 

「……やっぱり、あたしには難しいよ」

 

「でもですね、シェプルスキア先輩。そういう面倒な問題を、シェプルスキア先輩は簡単に片付けられるんですよ」

 

そう言ってフュルシーアは銃を構える真似をする。

 

「……誰を撃つべきか、あるいは撃たないべきかを決めるのは大変だよ。そういうのを任せられる参謀がいれば、あたしは兵として、あるいは指揮官として動けるけど」

 

「参謀は戦場では動けないんです。怖いものがなくなった人を止められるのは、言葉ではなく力ですよ」

 

そういうフュルシーアは、暴力に守られて育ってきた娘だった。南方街は治安が良い場所ではない。喧嘩や人さらいは珍しくない。ただ、それが一定程度を超えないように、あるいは内側の問題で収まるようにするために顔役はそれなりの力を持つことが要求されていた。

 

拳で、暗器で、あるいは噂で。殴られた痛みに勝てる人は少ない。それを超えて秘密を守ることは難しく、同時にそれを超えて秘密を守ったものには強い信頼が寄せられる。そういった血の匂いが漂う街で育ったフュルシーアにとって、必要であれば撃てる人物は尊敬に足るものだった。

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