角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る 9

テレナとアニドは、非常に重大なことを二人して忘れていた。

 

「……あのさ」

 

共用の娯楽室で頭を下げられるシェプルスキアは呆れて息を吐く。

 

「こういうのってテレナが得意なんじゃないの?」

 

「手紙書くので忙しくてあんまり授業出てなくて……最終試験と課題こなせばいいって言われて……」

 

「それで授業の内容がわからなくなってるの、あたしでもどうかと思うよ?」

 

周囲からひそひそとなにかを話す声が聞こえる。統合王国の王家の血を引く少年と、同級生どころか先輩から一目置かれている令嬢が、これまた噂の話題となることの多い東方の領主に頼み込んでいるのだ。何があったのかと訝しむのは当然だろう。

 

「……一番丁寧に記録を取っているのがシェプルスキア嬢だと伺ったので」

 

アニドが言う。

 

「なにその言い方」

 

「……課題についてはお手伝いするので、試験に出そうなものを教えていただければ」

 

テレナが重々しく語ると、ついにシェプルスキアは耐えられなくなった。

 

「あーもうわかったから!そんな頼まれなくたって普通に見せてあげるよ、あと相談には乗って」

 

そう言ったシェプルスキアに、テレナとアニドは安堵の表情を浮かべる。周囲の学生たちも試験と課題に戻らなければという現実を突きつけられていた。

 

そういうわけで、色々なものが机の上に置かれていく。他の第二学年の学生や先輩たちも覗き込み、そして資料を提供していく。

 

「こっちの数学理論についてはちゃんと読み込まないと無理そう」

 

そう言いながらテレナは手元の紙に証明の流れとなりうるものをいくつか書いていく。このあたりは教養かと思いきや、実際の統治に必要な計算に使えるものも少なくないのが安易に切り捨てられない難しいところなのだ。

 

「ああ、この課題は簡単だな。そういう分野を扱った歴史書を図書室で見たことがある」

 

「借りられているんじゃないの?」

 

「……忘れているかもしれんが、普通は貸出には特別な許可がいるんだよ」

 

アニドはテレナに言う。印刷技術が発展してもなおきちんと製本された書物は高価なものであり、それを持つことは知性と教養、そして資産を意味していた。

 

逆に言えば、「墜ちる灯火」のような粗雑な作りで安く流通させるような本はそれだけで下に見られるのだ。フュルシーアが学院に持ち込んだ本の計画性はそこにあり、彼女と繋がりのある印刷業者はそれなりの予算をかけて良い装丁のものを作ったのである。だからこそ、多くの人がそれを手に取ったのだ。

 

ともかく、そのような本は基本的には書庫の中で厳重に守られるものである。テレナたちが借りている本も、定期的にその存在を証明するために現物を図書室まで持っていく必要があった。

 

「……そうだった」

 

「とはいえ他の人が読んでいる間は触れられないからな、人がいない時に目を通しておけばいいだろ」

 

そういった会話をしながら眼の前の記録をテレナとアニドは頭の中で整理していく。話を聞くのとはまた別の物の見方が必要になるが、それでもここしばらく二人はそういった問題に対応していた。

 

全体に目を通し、改めて読み返す。何がしたいのかを最初に掴んでいれば、記録に残る単語がどういう意図で語られたのかを概ね理解できる。そしてその上で、議論の中核となる難しい部分に集中して読み解くのだ。

 

文字を読むのは、話を聞くよりも速くできる。何度も繰り返すことも、必要なところをじっくり見るのも。ただ、最初からあらゆる文字が文字になっているわけではない。だからこそ、こういう記録が重要なのだった。

 

「……シェプ、やっぱり上手ね」

 

「なにが?」

 

「こういった形にまとめるの。授業を全部写すわけじゃなくて、必要なところをまとめているでしょう?」

 

「だって思い出せそうにないものを残しとかなくちゃいけないでしょ?」

 

「……そうなるのね」

 

テレナはシェプルスキアが授業をどう聞いているかを記録を見ながら少しだけ理解した。話されるのと同じ速度で理解して、それを後から想起できるようにしている。テレナでもかなり難しいことだった。それは言葉でやり取りをする訓練を積んでいたからこそできる手法だった。

 

「あとさ、部隊を動かす時に考えたことを伝えるためには書かないといけないんだって」

 

「口で伝えるのには限界があるからな」

 

アニドは紙をめくり、そこにある建物の図を見ながらシェプルスキアに言う。社交界の多くは口約束で進んでいた。だからこそ裏切りも少なくなかったし、裏切りへの報復も多かった。

 

冷海同盟では、基本的にそういった約束を信じない。紙に残り、必要であれば部外者でさえ確認できるような契約でなければ取引は成立しない。だからこそ騙す方もより巧妙になっているのだが、それでも全体としては誠実に取引が行われることが圧倒的に多かった。

 

「でも文字を書くというのは特殊な技能なのよ、数年間の訓練をしないといけないし、多くの人はその時間を使えばもっと有意義なことができるかもしれない」

 

テレナは言う。それは農民に学がいらない、という意味ではない。日々を生きるのが苦しい人々に、それでも学ばせる難しさの話だ。

 

「でも、文字を読み書きできる兵がいる軍隊は絶対強いよ」

 

「そういう優秀な人材を数千や数万の単位で死ぬ場所に連れて行くのは、無駄が多いわよね」

 

「いい軍は被害を少なくして勝てるよ」

 

「相手ももしそうなら?自分の利点を相手が持っていないのは短い期間だけで、すぐに追いつかれるし、追い越されるわよ」

 

それはテレナが父から聞いた、二つの伯爵領の確執の物語から学んだことだった。エルンツィンガー伯爵領とハゼウ伯爵領の間の軍事拡大は、それが百人に満たないものであったとしても両方陣営の財政を圧迫した。

 

兵士というのは、基本的には何も産まないのだ。労働をさせることもできるが、そうすれば戦争に向けて研ぎ澄まされた精神と肉体は消耗していく。そして彼らは良く動き、よく食べるのだ。そうでなければ兵にならない。

 

武器が、知識が、そして地理が互いに読まれ、相手を上回ろうと努力が重ねられていた。シェプルスキアのように複雑な情勢の中で自分の有利を保ったまま戦うことができるのは、それ自体がある程度の強さがないと不可能なのであった。

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