角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

18 / 300
風説に隠れて情報は潜む 8

「それじゃあ一旦休憩だ、各自水を飲みたまえ」

 

引率の教授が声をかけると、学生たちは列を崩して思い思いに身体を伸ばしたり座って足を揉んだりしていた。

 

「シェプルスキアさんは、本当に軽やかに歩きますわね……」

 

息を切らしていたのは統合王国の伯爵令嬢であるテアリア。室内の移動用の靴はどうしても長距離の踏破には向いておらず、少し足に擦れた傷ができていた。

 

「そう?」

 

シェプルスキアは白鑞(しろめ)の水筒から一口飲んで言った。彼女の乗馬靴は故郷で腕の良い職人が専用に作ったものであり、シェプルスキアは丁寧な手入れをしながら三足を使いまわしていた。

 

「やはりシェプルスキアさんは日頃から動いているからでしょうか」

 

シェプルスキアの朝の乗馬はそれなりに知られるようになっていた。ただ、それは多くの学生にとって野蛮さの残る東方の獣が爪と牙が鈍らぬようにしているという認識であったし、シェプルスキアの自覚もそう大きく変わりはなかった。

 

「テレナも結構楽そうにしているけど」

 

そう言って、シェプルスキアは近くのテレナの方に視線を向けた。少しだけ聞こえる話からすると、同級生たちと何やら葡萄畑を見ながら酒について議論しているようだった。葡萄はシェプルスキアの祖父の世代が遊牧生活をしていた地域にほど近い山岳では育ったようだが、イヴェリャン族の数十年の流浪の旅はそういった歴史を過去のものにしてしまっていた。今や、彼らの故郷はシェプルスキアが領主となっているツィノドの地域のみである。

 

「テレナさんも不思議よね、どうして私と同じぐらいの年齢なのにあれだけものを知っているのかしら」

 

「あたしもよく知らないけど、家庭教師に色々学んだんだって」

 

「やっぱり良い教師って大切なのね……」

 

「……あれって、良い教師なのかな」

 

シェプルスキアはテレナから聞いた話を思い返していた。

 

「どういうこと?」

 

「テレナの故郷、ええとエルンツィンガーだっけ、そこの産業の改善のために顧問として呼んだ人がテレナの家庭教師をしたらしいって聞いて」

 

「あら、そういうのは結構聞くわね」

 

学院が学院派と呼ばれる学閥を形成するような時代にあっても、後継者の教育の基本は家庭教師によるものだった。多くの教育についての本が書かれ、あるべき教育者とはどのようにあるべきかという議論がなされたが、学校のような集団教育機関を理想と考える人々は少数派であった。また、ある分野で定評のある人を一定期間家庭教師として拘束したという事実が、その人物が何を教えたかと同程度に重要視されているという背景もあった。

 

「それで顧問だからさ、領地を色々と巡って実際にそこで人がどう働いているか見たりするわけ」

 

「……そうでしょうね、まさか」

 

テアリアはその先の内容に、あり得ないのではと思いながらもたどり着いていた。

 

「それに、ついて行かせたって」

 

「……先進的とかそういう水準ではなく、伯爵がもしかしておかしいのでは?」

 

未だ保守的な、あるいは敬虔な人々にとって女子教育は軽視、あるいは敵視されていた。その上で女子に施す家庭教育で統治の分野をやることは珍しかったし、実際の世界を見せることは男子相手でも稀であった。

 

「髪を切って男子の服を着て、助手としてついて行ったらしい」

 

「危ないことをするやつもいるものですね……」

 

そう言いながら、テアリアはあまり長い方ではないテレナの髪を見た。髪の長さや髪型の流行は様々であったため、今のテレナの髪の長さも別に不自然というほどではなかった。しかし、言われればかつては短く男子のように切られていたのではないかという想像がテアリアにもできた。

 

「あたしはそのあたり、少しわからないんだけどやっぱり危ないことだよね?」

 

「伯爵の娘を連れ回してなにか問題が起こったら……どうやって責任を取らせればいいのかわからないわね。別にテレナさんの父上は彼女のことを嫌っていたとか、そういうわけではないでしょう?」

 

「だと思うけど……」

 

シェプルスキアは自分の父親を思い出していた。明確に自分は愛されていたし、特別扱いをされていたとシェプルスキアは言えた。族長の一人娘という立場は、女性であることや若さを無視してイヴェリャン団を支える人々とともに過ごす時間を増やしたし、その過程で得られた信頼はシェプルスキアが学院で学ぶことを可能としていた。

 

「……ただ、もしそうならあれだけの知識を持っていることも納得ですわね」

 

「そういうもの?」

 

「私が追棋(アファト)をやっていた時間以上に、領地を見ていたのでしょう?でしたら、それぐらいはできるでしょう」

 

テアリアは自分に追棋(アファト)の才能がないことを知っていた。同年代で自分より上の打ち手がいて、彼に勝つことがどうしてもできなかったからだ。あくまで上流階級の子供同士の遊びであったが、あの時は家の関係や忠誠などを忘れて眼の前の相手だけを見ることができていたな、と懐かしく思い出していた。

 

それでも、彼女は追棋(アファト)を続けていた。物心ついた時からテワドレーム公爵との繋がりを意識し、学院での取り巻きとなることを期待され、それを前提とした家庭教育を受けていた彼女にとって、追棋(アファト)は数少ない心の逃げ場であった。

 

だからもし、より積極的に、テアリアが費やした以上の時間をなにか一つに注ぎ込めば、年齢を無視した洞察力や理解を得ることはできる、というのがテアリアが最近得た理解であった。

 

なお、それを加味してもシェプルスキアという北側世界の西方における成人年齢を超えたか微妙な少女が、屈託ない笑顔を浮かべながら濃密な戦場の匂いを漂わせているのは異常であったが、わざわざ戦場からやってきた相手にそのような話をしないほどには今のテアリアは相手をきちんと評価できていた。

 

「なるほどね……。でも、それなら今からでも間に合うかな」

 

「何に?」

 

「学院でしっかり学べばさ、テレナほどとまではいかなくても領主としてやっていけるだけの知識がつきそうだなって思って」

 

「あれをみてそう思えるのは……いいことなのでしょうね」

 

未だ自分の劣等感と小ささと折り合いをつけることのできていないテアリアは、シェプルスキアのやる気に満ちた目を小さな憧れとともに見つめた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。