「それじゃあ一旦休憩だ、各自水を飲みたまえ」
引率の教授が声をかけると、学生たちは列を崩して思い思いに身体を伸ばしたり座って足を揉んだりしていた。
「シェプルスキアさんは、本当に軽やかに歩きますわね……」
息を切らしていたのは統合王国の伯爵令嬢であるテアリア。室内の移動用の靴はどうしても長距離の踏破には向いておらず、少し足に擦れた傷ができていた。
「そう?」
シェプルスキアは
「やはりシェプルスキアさんは日頃から動いているからでしょうか」
シェプルスキアの朝の乗馬はそれなりに知られるようになっていた。ただ、それは多くの学生にとって野蛮さの残る東方の獣が爪と牙が鈍らぬようにしているという認識であったし、シェプルスキアの自覚もそう大きく変わりはなかった。
「テレナも結構楽そうにしているけど」
そう言って、シェプルスキアは近くのテレナの方に視線を向けた。少しだけ聞こえる話からすると、同級生たちと何やら葡萄畑を見ながら酒について議論しているようだった。葡萄はシェプルスキアの祖父の世代が遊牧生活をしていた地域にほど近い山岳では育ったようだが、イヴェリャン族の数十年の流浪の旅はそういった歴史を過去のものにしてしまっていた。今や、彼らの故郷はシェプルスキアが領主となっているツィノドの地域のみである。
「テレナさんも不思議よね、どうして私と同じぐらいの年齢なのにあれだけものを知っているのかしら」
「あたしもよく知らないけど、家庭教師に色々学んだんだって」
「やっぱり良い教師って大切なのね……」
「……あれって、良い教師なのかな」
シェプルスキアはテレナから聞いた話を思い返していた。
「どういうこと?」
「テレナの故郷、ええとエルンツィンガーだっけ、そこの産業の改善のために顧問として呼んだ人がテレナの家庭教師をしたらしいって聞いて」
「あら、そういうのは結構聞くわね」
学院が学院派と呼ばれる学閥を形成するような時代にあっても、後継者の教育の基本は家庭教師によるものだった。多くの教育についての本が書かれ、あるべき教育者とはどのようにあるべきかという議論がなされたが、学校のような集団教育機関を理想と考える人々は少数派であった。また、ある分野で定評のある人を一定期間家庭教師として拘束したという事実が、その人物が何を教えたかと同程度に重要視されているという背景もあった。
「それで顧問だからさ、領地を色々と巡って実際にそこで人がどう働いているか見たりするわけ」
「……そうでしょうね、まさか」
テアリアはその先の内容に、あり得ないのではと思いながらもたどり着いていた。
「それに、ついて行かせたって」
「……先進的とかそういう水準ではなく、伯爵がもしかしておかしいのでは?」
未だ保守的な、あるいは敬虔な人々にとって女子教育は軽視、あるいは敵視されていた。その上で女子に施す家庭教育で統治の分野をやることは珍しかったし、実際の世界を見せることは男子相手でも稀であった。
「髪を切って男子の服を着て、助手としてついて行ったらしい」
「危ないことをするやつもいるものですね……」
そう言いながら、テアリアはあまり長い方ではないテレナの髪を見た。髪の長さや髪型の流行は様々であったため、今のテレナの髪の長さも別に不自然というほどではなかった。しかし、言われればかつては短く男子のように切られていたのではないかという想像がテアリアにもできた。
「あたしはそのあたり、少しわからないんだけどやっぱり危ないことだよね?」
「伯爵の娘を連れ回してなにか問題が起こったら……どうやって責任を取らせればいいのかわからないわね。別にテレナさんの父上は彼女のことを嫌っていたとか、そういうわけではないでしょう?」
「だと思うけど……」
シェプルスキアは自分の父親を思い出していた。明確に自分は愛されていたし、特別扱いをされていたとシェプルスキアは言えた。族長の一人娘という立場は、女性であることや若さを無視してイヴェリャン団を支える人々とともに過ごす時間を増やしたし、その過程で得られた信頼はシェプルスキアが学院で学ぶことを可能としていた。
「……ただ、もしそうならあれだけの知識を持っていることも納得ですわね」
「そういうもの?」
「私が
テアリアは自分に
それでも、彼女は
だからもし、より積極的に、テアリアが費やした以上の時間をなにか一つに注ぎ込めば、年齢を無視した洞察力や理解を得ることはできる、というのがテアリアが最近得た理解であった。
なお、それを加味してもシェプルスキアという北側世界の西方における成人年齢を超えたか微妙な少女が、屈託ない笑顔を浮かべながら濃密な戦場の匂いを漂わせているのは異常であったが、わざわざ戦場からやってきた相手にそのような話をしないほどには今のテアリアは相手をきちんと評価できていた。
「なるほどね……。でも、それなら今からでも間に合うかな」
「何に?」
「学院でしっかり学べばさ、テレナほどとまではいかなくても領主としてやっていけるだけの知識がつきそうだなって思って」
「あれをみてそう思えるのは……いいことなのでしょうね」
未だ自分の劣等感と小ささと折り合いをつけることのできていないテアリアは、シェプルスキアのやる気に満ちた目を小さな憧れとともに見つめた。