角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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陰謀を騙りて学生は綴る 10

鐘の音が学院に響き、学生たちが溜息とともにペンを置く。

 

「テレナ、できた?」

 

隣りに座っていたシェプルスキアに聞かれ、テレナは少し考えて首を振る。

 

「そっか……」

 

「きちんと資料を読み込んでいれば、もう少ししっかり書けたはず」

 

「できてるじゃん」

 

そんな会話をしていると、周囲の人は昼食のために食堂へと動き出していた。

 

「でもこういうのって大変だよね、教授たちもずっと黙って監視していなくちゃいけないわけだし」

 

「官吏登用試験への慣らしもあるでしょうね」

 

「なにそれ」

 

シェプルスキアの言葉に、これは知らないのかとテレナはどう説明するか考えつつ席から立ち上がった。

 

「大学だと、よくある試験は十分な時間があってしっかりと調査と思索しなければ書けないものを課題とするか、あるいは口頭試問よね。学院でも半分ぐらいはそういう方式だけど」

 

「それはわかるけど」

 

「さて、この二つのそれぞれ問題点は?」

 

「他の人や先輩の書き写しとか、あとは既に終わった人からどういうこと聞かれたかを教えてもらうとか」

 

シェプルスキアは答える。もちろん彼女自身はそういう行為をしたことはなかったが、噂が耳に入ってくるのを止めることはできない。とはいえ、そういった噂は大抵の場合間違っていて、それを信じた学生が悲惨な目に遭うのはもはや風物詩となっていた。

 

「その通り。学生たちの自発的な協力体制というやつね」

 

ものは言いようだな、とシェプルスキアは苦笑いを浮かべる。

 

「学生数が少なくて教授が一人ひとりを見れるなら、あるいはそもそも解くのが十分に難しい問題なら、それもいい。でも、そういったやり方で選ぶことができるのはほんの一部の、人間離れした知性を持つやつらだけ」

 

「そうかな?」

 

「……大学というのは、そういう場所なのよ」

 

もちろん、形だけ大学に通う人も少なくない。大学という場所でおさまらない天才もいる。しかしそうではない、よくいる大学生の多くは、数年の思索と執筆を超えて資格を得ようとしているのであった。

 

「じゃあレイルグってすごいんだ」

 

「実力だけなら今でも大学を卒業できるし、しっかりとやれば教授資格にも手が届くと思う。だからそういう意味で、彼にとって学院に来たのは不幸だったかもしれない」

 

「そんな顔はしていなかったと思うけどな……」

 

シェプルスキアは以前テレナたちが悪巧みをするために手に入れた部屋にいたレイルグとフュルシーアを見ていた。面倒そうな、あるいは呆れたような顔をしていたレイルグだったが、そこにはあまり嫌悪は感じられなかった。

 

「大学の中での話よ。貴族と同じで、あそこにはあそこなりの小さな世界があるの。そんなものが今の時代にどこまで維持されるかはともかく、ね」

 

「……あっそうだ、試験の話。大学みたいにできないのはわかったけど、官吏登用試験って?」

 

「平凡な人の中から、ちょっとだけ技能や才能がある人を見つけ出す方法の話よ。そうでもしないと作業をする人が足りないようになってきている」

 

「計算とか書類書いたりとか、いっぱいやらされてるよね……」

 

「あくまで学生向けのものよ、領地によってはあれよりも多いことがある。ネア先輩なんかは数字の扱いは慣れているから簡単にこなしたらしいけれども」

 

官僚制度の発達は、必然的に人を必要としていた。国家を強くする時に兵はいなくてもなんとかなるが、官僚がいないとどうにもならないのだ。そして求められる人数は、貴族だけで占めるには多すぎた。

 

結果として、学ぶことで栄達を目指す平民が出てくる。少し裕福であれば子供に本を買い与え、近くの教会や家庭教師、あるいは地域で設立されているなら基礎学校に通わせる。そうして都市に行き、知識と知恵を使って働くのだ。

 

「さて、そこで人を雇うためには選ばなくちゃいけない。数十人とか、場合によっては数百人をうまく時間をかけずに、かつ裏で結託されないようにするにはどうすればいい?」

 

「……一つのところに集めて、見張りながら、時間制限をかけて問題を解かせる」

 

「その通り。そしてその手の試験は慣れが重要なのよ」

 

テレナはかつて家庭教師にそういった技法を覚えさせられた。彼が直接教えてくれた内容の薄さからするとおそらく彼女の家庭教師であったウィルトールはこの種の経験がなく、せいぜい市民の中から優秀なものを選び出す悪くない制度としてそれを教えたような気もしていたが、若い頃の判断力で他人をとやかく言うのはよそうとテレナは思考を切り替える。

 

「だからああいうのをやるんだ」

 

「もちろん実力はわかりにくくなるわよ、それにこの種の競争は平等だからこそ、差が生まれやすい」

 

「……どういうこと?」

 

「同じ条件で戦うことと、同じ結果が出ることは違うのよ」

 

「ああ、わかった。馬の競走で同じ距離を走ることと、同じ速さで走ることが違うってことね」

 

「そう。いい馬と乗り手、あるいは草原への慣れとか……なのかしら?」

 

「そんな感じ。もちろん遅いから悪い馬だってわけじゃないけど、おおむね良し悪しはわかるってことだよね」

 

シェプルスキアの言葉にテレナは頷く。

 

「もちろん、世の中にはそんな公開と公平なんかとは真逆のものもあるけどね」

 

「なに?」

 

「貴族の社交」

 

テレナはシェプルスキアに言う。それは面倒な血がなければ入ることができず、そして築いてきたものが血を覆せないことは珍しくない。もちろん購官貴族やシェプルスキアのような例外はあったが、それはあくまで例外だし、上り詰める事はできない。

 

その規則は貴族を縛り、同時に保証していた。テレナはそれを考えて苦笑いをする。彼女がやろうとしているのは、それを形を変えながら壊すことだ。少し間違えれば縛られただけの貴族だった残骸が生まれ、また別の方向で間違えれば義務を失い力だけを持った怪物が生まれる。

 

それは別に構わない。もし自分の身だけの問題であれば、テレナはあくまで個人の範囲で動いたし、その結果の運命を受け入れただろう。しかし貴族は領地に、民に責任を持たねばならない生き方を持っているのだ。

 

「さて、いっぱい食べて修了式の準備をしなきゃね」

 

「まだしてるの?」

 

「名簿がそろそろできるのよ、もちろん非公式のやつ」

 

公式の来訪者名簿はヨルワ教授経由で鍵のかかった部屋に置かれていたが、そこには代表者しか書かれていなかった。従者の形で入ってきそうな人を列挙し、その背景を事前に調べられる範囲でまとめておくのは、社交界に常に顔を出せるわけではない学生ならではの苦心だった。

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