祝辞の傍らに来賓を狙う 1
「……あの家紋はラストゥイル公爵のものね」
テレナは望遠鏡を覗き込みながら言う。隣りにいるシェプルスキアは銃を持っていなかったが、距離は目測で計算できるようになっていた。どれほど弾丸が落ちるかを、温度と湿度の変化をどのように調整するべきかをシェプルスキアは知っている。とはいえ、テレナの記録があればそれはそれで便利だし、撃つことに集中できるのだ。
「どこ?」
「ルゼイフ侍従長の実家。統合王国の公爵家の中で土地が多いわけではないけど、王室と一番目か二番目に親密なところ」
「あー、思い出した。前の冬の時に来てた手ごわそうなおじいさんだ」
「しかしよく考えるとあの時の会合はすごかったわね……」
そう言いながら、テレナは馬車から出てくる男性を見た。周囲の人物の動きからするとおそらく彼がこの馬車の持ち主となるだろう。となると今の当主だろうか。服装からすると上位の貴族なのはわかるが、ここからだと年齢を読み取れるほどではない。少年でも老人でもないことはわかるが、それ以上は無理だ。
「しかしラストゥイル公爵家、今回の来賓に入っていなかったはずだけれども」
テレナは呟く。
「あれ、そういうのってあるの?」
「あるわよ。例えば今回の修了式が終わったら卒業生は統合王国に帰ることになるけど、その時にある程度まとめて動いたほうがやりやすい。しかし今回の場合は公爵令嬢が中にいるから、その先導役はそれなりの地位がないと……だからかしら」
「でもルゼイフ侍従長って国王の相談役なんでしょ?」
「あくまで個人的な、ね。家としては王室に近いけれども一体ではない。だから婚約破棄された形になっているファーネスタ嬢を迎えに来ても……このあたりの関係はアニドが専門なのだけど」
「大変だね」
「そう。とはいえ、こうやって計画を立てている側からするとみんな油断しているのよね」
「戦場でない限りはそうだよ、だから狙いやすい」
シェプルスキアは言いながら、風の流れを感じる。弾丸を少し右にそらすが、これは銃の癖と相殺されるほどの強さだ。
「……イヴェリャン団は、そういう手を使われたことがあるの?」
テレナはかつてシェプルスキアが率いていた傭兵団の名前を言う。
「うん、多いわけではないけど……というより、あたしの父さんがそうされた。もちろんあそこは戦場だったけれども、油断があったのは事実」
「……なるほどね」
もしここでシェプルスキアが彼を狙えば、とテレナは思考を回す。問題は王室派の重要人物が学院で狙われた、という事実に対して、どの程度の派閥が解釈を作るのに間に合うかということだ。上手くやれば結社に責任を追わせることができるが、それを活用できないならいたずらに問題を大きくするだけだ。
誰の得にもならない。だからこそ、そこには自分が知らない陰謀があるのだとそれぞれの派閥が考える。そういったことに思考を巡らせて、自分の能力が足りないことをテレナは痛感する。
対面の社交界というのは、それを相手が話し終える前に考えきらねばならない場所なのだ。曖昧に答えるとしても、それすら意味を持ってしまう。
「……テレナ?」
「そろそろ動きましょう。公爵相手となるとアニドの対応が必要になる」
「わかった」
そう言って、二人は身体を伏せたままじりじりと後ろに下がる。ここで立ち上がれば屋上に人影があることが見られてしまうし、一度相手に狙われているという疑いを持たれればそれだけ警戒される可能性が増える。
シェプルスキアの手法は、基本的に力で劣る側のやり方だった。そうでなければ正面から戦うぞと相手に言って、取引を持ちかければいいのだ。事実、イヴェリャン団もそういう取引をしたことは少なくない。
ただ、その場合でも傭兵団が侮られないようにする必要はあった。契約が遵守されなかった時には、報復がなされなければならない。そして雇い主に対しても裏切りとみなされないようにしなければならない。その微妙な扱いを可能とした熟練の参謀団も、今は統治という全く新しい戦場で苦労している所だった。
「でも、修了式でテレナは忙しくなるんでしょ?」
「ええ、場合によってはそのままアニド君についていって統合王国だし」
「……言ってたね」
シェプルスキアはそれを知っていたが、テレナについていこうとはしていなかった。その戦場で、自分では役に立たないと理解していたからだった。
「かわりにシェプ、鍵を預かっておいて」
「鍵って……あの部屋の?」
シェプルスキアが確認すると、テレナは頷いた。
「レイルグかフュルシーアでよくない?」
「先輩が持っているということ、そして統合王国と直接の関係を持てないことが大事なのよ。だから今までは私が預かっていた」
そう言ってテレナは服の下から首にかけた鍵を出す。作りは簡素なものだったが、破るのには時間がかかる代物だった。
「……言われたら開けていいの?」
「うん、もし他の人が入ってこようとしたらシェプの判断で決めていい」
「ヨルワ教授は?」
「私とアニド君がいない時にわざわざ来るなら、開けて。それだけの事態が起こっているってことだから」
「わかった。やるだけのことはやる」
「中の本は好きにしていいけど、手紙についてはあまり勝手に開けないでね」
「あれ、そうなの?」
シェプルスキアは首を傾げる。
「どういうこと?」
「えっと、授業で手紙はできるだけ早く返しましょう、時間がない時はまずは重要なものをより分けましょうってあったから、代理としてあたしとかが返したほうがいいのかなって」
「基本はそれで間違っていないわ」
テレナは言いながら、シェプルスキアはよく学んでいるなと考えていた。
「でも、特に私達の手紙は開け方すら知らないと面倒なことがあるから」
「検閲されないように?」
「検閲されてもわかるように、といったところね。もう少し狙えたものだと検閲で蝋を剥がされる事を前提にそうされたところでわかりにくい場所に本当に伝えたいことを書いたりもするのだけれども」
「わかった、わからないものは触らないでおく。でもレイルグとフュルシーアに頼んで、送り主でわけておくだけはしておくね」
「ありがとう。必要なら後輩二人とヨルワ教授に聞けばどうにかなるし、どうにかならないものは私達でもどうにかならないから」
そう言うテレナは、常に完璧な行動が取れるわけではないとわかっていた。自分の手でやったほうが後悔しないだろうが、それでも誰かに任せるのが必要なのだと納得するのは決して容易ではなかった。