角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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祝辞の傍らに来賓を狙う 2

学院に訪れる保護者や関係者は、あくまで教授たちとは対等な立場である。それに、学院に子女を送るような人々は細かな儀礼以上にそこで教えられる内容とそこで培われるものの方を重視する。とはいえ、ある程度の儀礼は求められる。それは学院の学生の質を示すものであるからだ。

 

テレナも廊下を通る見知らぬ人に優雅に一礼をする。普段はこんなことはしない。この種の作法には煩い教授であるヨルワの隣を駆け足で歩いても、すれ違いざまに注意するように言われるぐらいだ。一応、彼女は多くの学生からは厳格な教授だと思われている。

 

「そこにいるのはエルンツィンガー伯爵の娘ではないかね?」

 

そう後ろから声をかけられた時に、テレナは一呼吸だけ動きが遅れた。熟練した相手であれば、それから多くのことを読み取れただろう。経験の浅さ、油断、そしてそこからの対応力。

 

「……お久しぶりです。そしてお世話になっております、テワドレーム公爵」

 

統合王国の公爵と、同君地域の伯爵令嬢が言葉を対等に交わすということは統合王国流の社交界ではまずありえないことだ。もしあったとしても、それなりの紹介と関係がなければ成り立たない。貴族と平民に立場の違いがあるように、貴族の中身も爵位だけではわかりにくい微妙な、しかし歴然とした力関係が存在するのだ。

 

「東方の領主への贈り物はどうだったかね?」

 

ティロへの旅を援助した出資者に対し、テレナは頭を下げる。ただ、それはあくまでシェプルスキアが故郷の人々と会えるようにするための一貫、という建前は残すようにしておく。

 

「ええ、とても良い学びもありました。その成果を形にするのは、今しばらく時間がかかりそうですが」

 

「……何を言う」

 

見透かされているような視線をテレナは受ける。気が付かれているのだろう。むしろ、そのような人物がいるという前提から見れば社交界はわかりやすく動いているのかもしれない。

 

「……未だ途上です。それは多くの問題を持つものであることは理解しております」

 

「地方派の切り崩しをしたいのか?それとも地方派に力をつけてほしいのか?」

 

「そういう問題ではありません。私たちにとって重要なのは、統合王国が統合されていることなのですから」

 

テレナの言葉は、ある意味では地方派という立場の矛盾を突いたものだった。彼らは自治を、支配からの開放を望んでいる。安い税を、少ない制約を、軽い義務を望んでいる。しかし同時に、彼らは王室という権威の力を都合よく使っていた。

 

多くの領民にとって、貴族というのは曖昧なものだ。上位の貴族が具体的な街の職業を詳しく知らないように、多くの農民や都市民にとっては伯爵も公爵も王子もよくわからないものなのだ。しかし、彼らは王の名前は知っている。彼らにとって彼は貴族の長であり、全ての不満の元凶なのだ。

 

だからこそ、貴族は王という責任の押し付け先は維持しようとする。その下での自由を求めるのだ。もちろん、それを突き詰めればどうなるかをテレナは知っている。それは統合王国で起ころうとして、うまく食い止められたものだ。

 

王国が共和王冠国となる過程で、大宮宰ヤニレは多くの罠を仕込んだ。それは貴族に表面的な利益を与えながら、その行動を縛るものだった。例えばそこには王の命令に対する拒否権がある。

 

それを実現するためには、議会において一定の割合の反対が必要となる。そのために生まれるのは派閥だ。そして派閥が特定の利益を代表すれば、別の利益を求める人々は異なる派閥を作る。その争いが生まれる限りは、王の命令を拒否することは難しい。そしてそこまで議会が団結して力を持っていれば、裁判所はそれを警戒する。そして王と裁判所が手を組めば、議会をやり直すことができるのだ。

 

それだけの準備が本来は必要だった。それができないから、地方派の貴族は曖昧なことを言い続け、勝ち負けを演じている。それは悪いことではない、とテレナは考えていた。ただ、覚悟のない行為だった。

 

「……なるほど。逆に言えば、そうしなければ崩れ去るというのか」

 

「ええ。分裂した諸国など、隣国からすれば丁寧に切り分けられた肉のようなものです。一口ずつ味わえる大きさなわけですから」

 

「そのために、まずは聖座を壊すと?」

 

かなり話を理解しているな、とテレナは考える。フェルヴァジュ管区における腐敗の一掃と政治からの撤退の過程で、聖座は多くのものを手放す。その渡る先は、地方派の貴族から選ばれつつある。

 

「壊す、というのも違いますね。かのリュクバーン枢要僧の言葉を借りるのであれば、正しき歩みに道を戻すだけです」

 

「……彼とは最近何度か話す機会があってな」

 

テレナはそれを聞いてしまったと考えた。もちろん娘の事実上の嫁ぎ先のようなものであるから、その担当者と話を詰めることは想定してしかるべきだった。ただ、テレナたちが手に入れていた手紙の中の話ではテワドレーム公爵とリュクバーンを結ぶものが見当たらなかったのだ。

 

「そうでしたか」

 

「まあいい、詳しい話はアニド君もいる時に聞かせて貰おう。なに、娘がお世話になったという後輩たちに少し親として話をしたいだけだ」

 

そこで家族としてしか動けないのは貴族としての限界であったが、しかし多くの貴族にとってはそれで十分だった。冷海同盟のように家と業務が切り離されているならともかく、統合王国では未だ血と名前と家と爵位が概ね同じように扱われていた。すなわち国家は王室の所有物であり、軍は将軍とその一家が預けられたものである、ということだ。

 

もちろん、それは崩壊しつつあった。必要とされる多くの官僚は家に忠誠を誓っているとは限らない。統合王国への奉仕者という概念も、薄いが存在しないわけではない。特に学院派にとっては、自分たちの行動を正当化するために統合王国のためであるという主張を用いることが多かった。王のやることと対立しかねないものだとしても、それはより大きな目的のためであるからだ、という理由だ。

 

「……わかりました。アニド君にも伝えておきます」

 

「こちらも学院に来るだろうリュクバーンと、他の人に色々と話しておく。君たちがそういう人を集めてくれたようだからな」

 

「……ええ」

 

テレナたちのやっていたことは、多くの人物に知られていることは間違いなかった。ただ、それでも学院の手紙を多く出す社交的な学生は警戒されているわけではなかった。ただの学生である彼らが動かせるものには限界があり、それは社交界から離れた場所から行う不確実なものだ、というのが彼らの一般的な見方だった。

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