角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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祝辞の傍らに来賓を狙う 4

「……目標は統合王国の安定した制度の組み換えです」

 

テレナは人の少ない教室で言う。その彼女を見つめるのは同級生のアニドと教授のヨルワ、そして今の統合王国における状況をよく理解している三人だった。

 

「テレナ嬢、それは我らの統合王国に対する、明白な攻撃ではないですか?」

 

ラストゥイル公爵が言う。彼の風貌は冴えない細面であったが、その柔らかい言葉と裏腹に目に秘めた緊張は切らされていなかった。

 

「いいえ、そもそもその意図を私たちは持ちえません」

 

「統合王国の混乱は、同君地域に、ハッヘンヴルト家にとっての益ではないか?」

 

「……改めて名乗らせていただきます。私はテレナ・ノイーズ・イルデネ、エルンツィンガー伯爵たるルグスト四世が長女です。ハッヘンヴルト家にとって、我が家の領地も、私の嫁ぎ先の領地も、些細なものに過ぎないのです」

 

「なるほど、テレナ嬢にとってはハッヘンヴルトが狙うような隙を見せる混乱が起きなければ、どうなっても構わないというわけですね」

 

リュクバーンが口を挟む。その笑顔は説教の時の柔らかいものとほとんど違いがなかった。ただ、目元の角度がわずかに違った。

 

「逆に言えば、『墜ちる灯火』がもたらす混乱を私は嫌います。そしてそれを止められる人々が持つものを尊重します。それでは足りないでしょうか?」

 

「……やろうとしていることは、実質的に統合王国の伝統を終わらせることだぞ」

 

そう言うのはテワドレーム公爵だった。苛立ちを滲ませた声は、演技だろうと思いたいテレナにとっても恐ろしいものだった。

 

「あれだけの赤字と不透明な政治制度と腐敗が伝統というのであれば、そんなものは恥でしょう」

 

そうテレナが言うと、テワドレーム公爵は黙って肩を震わせ、そして大声で笑い出した。

 

「なるほど!それはいい。いや、しかし本当にテレナ嬢には助けてもらったからな」

 

テレナは首を傾げる。そこまで言われるようなことをしただろうか。もしかしたら統制できていない部分で誰かが何かをしたのかもしれないが、そもそも統制など最初からできていないから責任など無いと弁明したいなと考えていた。

 

「困ったのは僕のほうですよ。フェルヴァジュ管区の色々なものを地方派に譲ろうとテワドレーム公爵と取引していると、なぜか担当者が色々と知っているんですからね」

 

リュクバーンは言う。統合王国内部で歪な権力を持っているフェルヴァジュ管区を動きやすい形にするための整理の過程で、いくつかのものを手放す必要があった。そして立地からして、それらは地方派の貴族に渡ることになる。

 

「結果として色々といいものが手に入った。王室派のやつらの弱みと、そこから譲られる各地の修道院や救貧院のあたりは、まあうまく運用していくしかないだろう」

 

テワドレーム公爵が語るように、それは決して良いものだけではない。かつて教会が、あるいは聖座が担ってきた義務を地方派が受け取るということでもある。一方でそれを受け取ること自体が王室への攻撃材料ともなりうるのだ。

 

「一応王室側としても面倒な人々をそちらで対応いただける分には助かりますからね、家の不祥事は本来その家で解決されるべきものですが」

 

ラストゥイル公爵は、王室の実務者として腐敗の問題を知っていた。ただ、フェルヴァジュ管区の中では手出しが難しい。彼らは世俗の力で動かすことはできないし、管区大監僧も地方までは手が回らない。本来は地方派がそれをどうにかしてくれれば良かったのだが、王室派と地方派の対立がある以上それも難しかった。

 

少なくとも、今の時点で三人はアニドとその背後にいるテレナのことを高く評価していた。それは派閥に縛られている統合王国内部の問題に対して部外者、あるいは中立者の立場から声をかけることができる数少ない組織だ。

 

「……まあ、総権国がやっていることに比べればそのまま信じることができるので楽でいいですね」

 

「ラストゥイル公爵、総権国が……統合王国に?」

 

「そうですよ、テレナ嬢。彼らは明確に我々を狙ってきている。あなたよりも冷酷に、おそらくもっと秘密裏に。全身の傷を治すには丁寧に軟膏を塗り、包帯を巻く必要がありますが、瀕死の病人を殺すには短刀一つ、あるいは濡らした布一枚でさえ十分なのです」

 

ラストゥイル公爵は、総権国のやり方をある程度把握していた。それは用意周到に行われる、西側陣営の均衡の解体だった。ただ、それをどうにかできるだけの知識も制度も、あるいは力も彼には与えられていなかった。

 

「私としては『墜ちる灯火』も彼らの仕業ではないかと疑っているのですが……」

 

そう言うラストゥイル公爵に、テレナは首を振る。

 

「それについては微妙ですね、あの種の文章を書ける、かつて統合王国にいた反体制活動家を知っています」

 

「ウィルトール」

 

ラストゥイル公爵の言葉に、テレナは頷く。

 

「知っているならわざわざ聞かないでください。彼のやったことも、エルンツィンガー伯爵領の実態も、ある程度はわかっているでしょう」

 

「君がウィルトールの弟子ではないのかと疑っているのだよ」

 

「あの詐欺師の?私は彼から多くのことを学びましたが、彼の幻想主義は貴族としては唾棄すべきものです」

 

テレナは言う。それは保身からではなく、彼女自身の本心からの言葉だった。それはそれとして彼はテレナにとって尊敬すべき師ではあったが、彼女の中でそれは別の問題だった。

 

「……彼の行方は我々も追っているが、掴みきれていない。結社とやらの構成員はどこにでもいるし、末端に回される情報はわずかだ。第三王子を監視していても全貌は掴めない」

 

「聖座としても、彼は今隔離された場所にいます。この後の管区で行う大きな動きに合わせて隙を作りますが、そこでもし繋がっている人がわかるようであればそこで対応したいですね」

 

彼らの話を聞きながら、テレナは彼らがまだテレナの提案の核心を理解していないことを把握しつつあった。第三王子のルメン・デリロスは、テレナの立てた計画の中では不可欠の存在となっていた。

 

もちろん、そうならずに統合王国をまとめ上げることができるのであればそれもいいだろう。ただし、そうなれば市民がどう動くかはわからない。それは多くの利害関係を持った群衆であり、一言でまとめるためには明確な代表者が必要なのだ。それになれるのは、テレナの知る限りルメン・デリロスだけだった。

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