「あなたがシェプルスキア嬢ですか!」
感動した口ぶりで語る男性から握手を頼まれ、シェプルスキアは不思議そうな顔を浮かべてその手を握り返した。剣を握ったことはあるし下手ではないのだろうが、それが本職ではないというぐらいの硬さだった。つまりは軍人ではあるが、前線の兵士ではないということだ。
「……はい」
手触りはテレナを思わせる。文章を書く人のものだ。服装からはその職業を読み取ることができないが、少なくとも卒業生の親という年齢ではないなとシェプルスキアはその風貌を見て考えていた。とはいえ、修了式にかこつけて統合王国からアニドに会うために少なくない人が来ることはテレナから聞いている。
「アニド卿から色々と伺っております、東方の伝説にお目見えできて光栄です」
「おい、彼女が困っているだろう」
そのアニドが横から口を挟むと、彼はやっと気がついて手を離した。
「こちらフォルステン卿、統合王国の王立工廠で技官をしている」
「そうでしたか」
シェプルスキアは丁寧な口調を意識して返す。確かテレナが言うには王立工廠というのは統合王国の武器をまとめて作っているところだという。もちろん全てがそこで作られているわけではないし、実際にはいくつもの場所にその建物はある。しかし使い慣れた武器がいつでも手に入るというのはシェプルスキアからすれば羨ましいものだった。
「最近は大砲を揃えたりしましたね」
「あれうまく行くんですか?」
シェプルスキアは目の色を変えた。前にテレナから聞いた統合王国の新式の砲は、イウェラ連隊では導入できないものの共和王冠国ができなくはない範囲のものだとシェプルスキアは考えていた。ちょうどそれに関与したらしい人物が目の前にいるとなれば、聞かない手はない。
「難しいですねぇ、イヴェリャン団は砲兵持ってたからわかると思うんですけどただでさえ作るの大変なのに金属の多くを無駄にする作り方なわけですし、ああいうの補修が難しいんですよ。そのうえ口径揃えるってことは相手に取られたら終わりですからね」
「でも荷車に積んだ砲弾毎回確認してってのがないのはいいと思うんですよね、そこってやっぱり嬉しいんですか?」
「そりゃもう!いやここだけの話しですけどね、これを導入するってことで砲兵結構入れ替わるんですよ。揃った砲ってことは狙った場所に飛ばせるけど、問題があるんですよ」
「計算できないといけないってやつでしょ?あたしのところにもそういうやつがいたけど、風読むのが上手いだけじゃだめで本当は計算したいって言ってた」
「東方でもそういうのあるんですねぇ、でもあれ現場の人がやるにはどうしても表とかにする必要があって、そうするとやっぱり領民徴募じゃだめなんですよ、傭兵とかならむしろ行けないかと思うんですが」
「土地がないからそういう砲が手に入らないと思うな、売ってくれない?」
身を乗り出し、顔を近づけんばかりにしてシェプルスキアは言う。
「いやぁ、まだだめですね」
「そうですよね……」
いきなり早口で話しだした二人を見て、アニドは失敗したかもなと考えていた。本来、アニドはこの若き技官を統合王国の関係者に紹介するつもりだった。彼は砲の改良以外にも多くの仕事を王立工廠で担っている。
敵の武器の分析、要塞技術の研究、そして物資の計算。特に今まで現場の人物の勘に頼って行われていた輸送が砲弾の統一によって計画できる範囲に入ったのも、彼の仕事を増やしていた。
結果として、彼は統合王国の戦争に深く関与する立場にあった。もし彼が裏切ることがあれば、統合王国の砲兵はまともに動けなくなる可能性すらある。テレナはそれを見抜き、手紙を送ったのだ。
「しかしフォルステン卿、仕事がいそがしかったと伺いましたが」
「いや、どうにか片付けてきたさ。学院には私の同僚も多くお世話になっているし、今年卒業する若者の中には既に軍への入隊が決まっているものもいる。ぜひ砲兵にならないかと今から声をかけておくと言えば工廠長も納得してくれたよ」
そう言うフォルステンを見ながら、シェプルスキアは相手の実力と気まぐれさを考えていた。こういう人物は参謀天幕に入れて、前線のほうで働かせると余計なことを言わずにいい仕事をするのだ。そう考えると統合王国は人を無駄に使っているな、などと傭兵団のような事を考えていたシェプルスキアであったが、それを口にはしなかった。
「……しかしアニド卿、いろいろな人を集めましたな」
「統合王国がまずいって話はあるからな、このままだと混乱に乗じてハッヘンヴルトがやってくる」
アニドの言葉にフォルステンは小さく頷く。
「しかしそれに対応できる軍を作るなど、できますかね?つまりそれは王の言うことを聞かない、将軍の動かす軍でしょう?」
フォルステンがわざわざ統合王国を出て学院に来たのは、そのために人が集まると聞いたからだった。確かに派閥や面倒な社交に囚われないためにはこういった盤外に出ることも重要だと彼は理解していたが、同時にそれが回りくどいやり方であるとも感じていた。
「……この修了式にはな、テワドレーム公爵とラストゥイル公爵が来ている」
それを聞いたフォルステンは姿勢を正した。
「……聞き間違えではありませんよね?」
「紫旗連隊のテワドレーム公爵と、王室第一の忠臣たるラストゥイル公爵だ」
「……あの」
「俺から紹介はしておくから、あとの説得は頼んだぞ」
そう言ってアニドは自分より一回り年上の男の肩を叩く。それは王室の人間として磨いた、年齢を感じさせない風格というものを悪用した手法だった。学生の身であり、かつ爵位も持たぬ立場でありながら、貴族らしさを感じさせず、しかし実務者と対等に接するという微妙な距離は冬の学院でもそれなりに効果を発揮したものだった。
「……はい」
「アニド君って、こういう方法で人を集めているの?」
素直な質問としてシェプルスキアは聞く。
「テレナ嬢が教えてくれたんだよ」
「そうなんだ」
シェプルスキアは素直に納得して言った。確かにこういったやり方は実際に働いている領地の人々に仕えるのかもしれないと考えつつ、将来的に領主になるために学ぶべきことは多くあるなとテレナの知識を尊敬していた。