角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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祝辞の傍らに来賓を狙う 7

「ラストゥイル公爵は、ウィルトールについて知っていますか?」

 

二人しかいない空き教室で、テレナは尋ねる。

 

「……直接顔を合わせたことがないが、信頼できる一人が社交界で彼とよく接していた。爽やかな話しぶりと、その裏にある熱意が多くの友人を作り、そして彼らはしばらくすると信者のようになっていったと」

 

「なるほど、妥当ですね。私は彼が社交界にいた頃の話を、間接的にしか知らないので」

 

「……君のほうは、彼をどこまで知っている?」

 

「表面的なことと、技術についてはある程度。彼がなぜ貴族にあのような恨みを持っているのかも、それでいながら貴族に依存したような生き方から逃げられないのかも、詳しくは知りません」

 

テレナは家庭教師であったウィルトールの過去を詳しくは知らなかった。ウィルトールはそれを語らなかったが、彼の持つ技能からすればある程度推測はできた。

 

「今の結社は、彼が作ったという見方がある」

 

「そこまで統率力のある人でしょうか?内輪の集まりで勝手に祭り上げられて、それが嫌で逃げたとかが妥当なところだと思いますが」

 

そう言って笑うテレナに、ラストゥイル公爵は表情を変えない。彼は多くの秘密を握っているし、その秘密を握っていることを相手に悟られることのないようにしてきた。こと陰謀についてであれば、彼は統合王国でも随一の人物である。

 

しかしその彼も守勢に回っては多くの不利を持っていた。籠城戦と違い、秘密というのはひとりでも倒されれば負けなのだ。その上、籠城戦と同じでいつ襲うべきかの選択は敵が握っている。

 

「……ラストゥイル公爵は、どのように思います?」

 

「間接的にしか知らない人の話は、しないと決めているんだ」

 

「それは良い心がけです。……冷海同盟あたりに名前を変えて逃げているのでしょうか?」

 

「本を辿ったが、ウォルセラルの街から先はわからなかった。外交問題を起こして貿易に問題を起こせば面倒となるし、そもそもウォルセラルはそういった方面の手練れが集まっている」

 

「フュルシーアという学生についてはご存知?」

 

「ああ、彼女はなかなかやる人物だと聞く。テレナ嬢とも親密らしいな」

 

そう言うラストゥイル公爵の横顔を見て、テレナはどこから話が通っているのかと考える。確かにアニド以外にもまだ王室派と言える学生は多いが、後輩の細かい様子まで監視するとなるとそれができる人物は限られる。あるいは事前に特定の人物の関係者を見張るように指示していた可能性もある。

 

その場合、上の学年にテレナたちが見落としている人物がいることになる。気が付かれないことは陰謀の第一だ。以前フュルシーアの語った暗号の法則ではないが、そもそもそこにあると気が付かれなければ相手はそれを無駄に警戒するか、油断するか、どちらにせよ不利な立場に追い込まれる。

 

そしてこの種の駆け引きにおいて、おそらくテレナはラストゥイル公爵の、すなわち統合王国の長い手に比べてテレナたちは劣っていた。とはいえ、それは当然の話であった。

 

テレナは地方の伯爵令嬢に過ぎない。アニドは王室の一人であるが、それでも庶子だ。統合王国にはそれ以上の立場と知識と実力を持つ人がいる。彼らに勝てるとすれば、彼らが非効率的だとして工作の対象としない相手を狙うしか無い。テレナたちにとって、それは学院の卒業生名簿にある名前であり、貴族年鑑の説明文に名前だけ出ている平民上がりの実務者であり、あるいはアニドの手紙の書き手が紹介する友人だった。

 

「まあ、そういうわけでおわかりでしょうが我々としては統合王国を過剰に混乱させるつもりはないのですよ」

 

「王室を破壊しようとしているのに、か」

 

「それを理解しながら我々に頼ろうとする公爵は、おそらく将来においては高く評価されるでしょうね」

 

「忠臣というのは諫言を言えなければ意味がないのだよ、だからこそ常日頃の信頼は欠かせない」

 

「裏切るのは最後の最後、と勘違いされなければいいのですけれども」

 

「裏切りは非常に大変なものだ、軽々しくできるものではない」

 

ラストゥイル公爵にとって、忠誠とは長らく築いてきた資産であった。しかしもし王室が崩壊するのであれば、それとともに滅ぶわけにはいかない。そうなったときにも対応できるよう、ラストゥイル公爵が信用できる人物の中には結社に潜り込んだものもいた。

 

「……将来的に、ルメン・デリロスをそれなりの地位につける必要があるでしょう」

 

「代議士長という言葉は、悪くない響きだ」

 

「ええ、市民の力とやらを信じている者たちが憎むべき貴族の血を最も集めている男を自ら作った椅子に座らせねばならないという屈辱に気がつくのは遅れそうですが」

 

「貴族の一人としては、そちらのほうが助かるのだがな」

 

「……そういうふうに、私は計画を練りましたからね」

 

テレナが考えた統合王国の未来の素案は、分散した形で統合王国に広まっていた。完全な原本を持つ人物は少ないが、それでも必要な人物には回っているはずだった。そしておそらく、ラストゥイル公爵はそのどちらにも目を通している。

 

「王室の維持を図れば継承権を崩す必要がある。一方で形だけの貴族制度の解体を許容すれば、王家ではない、ルメンの家が残る。それ以外の選択肢は弱い、か」

 

「私としてはさらなる選択肢が出てほしいところではあります。あの本に対抗しうるものが多ければ多いほど、その魅力は墜ちるのですから」

 

「本、というものは恐ろしい。噂と違って人の繋がりに頼らない」

 

ラストゥイル公爵にとって、書籍や冊子を通して広まる言説への対応は難しいものだった。それは誰かを脅せば、あるいは噂を流せば対応できるものではない。

 

「ええ、対抗策は同じ本ぐらいのものです」

 

「リュクバーンが書かせた本は、少しは売れたようだがまだ足りないという」

 

「えっあの人そんなことやってたんですか?」

 

「知らんのか」

 

ラストゥイル公爵はテレナを見る。

 

「断罪された乙女が修道院に入り、そこで真理を見出すものだよ」

 

「あー、あれですか。そうかあの枢要僧もなかなかやるな……」

 

以前フュルシーアから渡された本を思い出しながら、テレナは自分たちが指し手としては決して強い側ではないことを理解させられて苦笑いをしていた。

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