角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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祝辞の傍らに来賓を狙う 9

「エネト先輩、辛くはありませんか?」

 

修了式も終わろうとする中、そう言うのは普段は真面目な学生であるカロネだった。普遍派の影響の強い同君地域内のネヴォエリ王国の副公爵令嬢である彼女は、先輩であるエネトをしばしば頼っていた。学生生活のみならず、様々な意味で。

 

「……大丈夫よ、カロネ」

 

エネトは笑顔を浮かべて言う。修女である彼女は、この後フェルヴァジュ管区で枢要僧であるリュクバーンとともに仕事をすることが決まっていた。そしてその仕事の内容についても、概ねであるが共有されていた。

 

「……無理はしないでくださいね」

 

「そう望むなら、テレナ嬢とシェプルスキア嬢を見張っておいてくださいな」

 

「えっあたし?」

 

少し離れて立っていたシェプルスキアはコップを手にして言った。

 

「あとアニド君かしら。悪巧みが好きな後輩のせいで、きっと忙しくなるわ」

 

「それは、私が聞いていいものでしょうか」

 

カロネは同級生が何かをやっていることについては知っていた。ただ、それが何であるかについてはあえて触れないようにしてきた。使われていないとはいえ教授室の一つを貸し出されていること、本来であれば枚数に制限があるはずの紙を多く使っていること、そしてその部屋に出入りする学生がカロネの基準で見て優秀と言える人たちばかりだったということを考えると、知ることすら危ない可能性もあった。

 

「ええ。統合王国の話はすぐにそちらにも届くでしょうし、そこでリュクバーン猊下がやっていることを勘違いされても困るので、もしよろしければあなたから伝えてもらえればと」

 

エネトは別に、カロネが故郷に送る手紙を信頼していたわけではない。しかし、一つでも可能性を増やせるのであればやっておいたほうがいいという師のやり方に倣っただけだ。もし上手く行けば、異なる方法で同じ噂がネヴォエリ王国の宮廷に流れることになる。それはその後の問題を動かす時に有用になる可能性がある一手だった。

 

「……ルメン・デリロスが?」

 

「そうかもしれないわね」

 

カロネの質問に、エネトは微笑む。シェプルスキアはそれを隣で聞いていたが、表情はいつものままだった。素直であることも重要だが、秘密を持っていることすら気がつかれないようにする重要性をシェプルスキアは学んでいた。

 

シェプルスキアは、テレナやアニドからそれなりの話を聞いている。東方の領主として、あるいは傭兵の扱いに慣れた身として、シェプルスキアは様々な情報を二人に提供した。だから、シェプルスキアはテレナたちがやろうとしていることがうまく行かなかった場合のことを知っている。

 

それは聖座や統合王国の範囲にはおさまらない、より大きな、そしてシェプルスキアの領地さえ巻き込みかねない大きな問題である。それが北側世界に燃え広がるのには年単位で時間がかかるかもしれないが、それは軍備の増強の観点から言えば短期間に過ぎないのだ。だからこそ、シェプルスキアはテレナやアニドが知らない形でその話をすることを避けていた。

 

「……正しき信仰のために、エネト先輩は働くんですよね」

 

「地の上の苦しみを少しでも少なくするために、ね」

 

エネトの返しは、微妙に宗教的な要素が削られたものだった。そこで神の名を出さない、あるいは聖典からの引用をしないことは、その行為が必ずしも霊的に認められるとは限らないことを示していた。

 

「こういっていいのかはわかりませんが、私は先輩の成功を、全ての力と全ての霊を通して祈っています」

 

「ありがとうね」

 

そう言って、エネトはカロネに微笑んだ。

 

「それとシェプルスキア嬢、テレナ嬢をよろしくね」

 

そう言われて、シェプルスキアは不思議そうな表情をした。エネトがテレナを心配すべき理由があまり思いつかなかったからだ。もちろん二人は敵ではないが、かといって味方というわけではない。場合によっては自分と自分の師を操ろうとしている排除すべき要素とみなしてもおかしくない。

 

「……どうすればいいんですか?」

 

「テレナ嬢が倒れたら色々と終わるから、倒れる前に休ませてあげて」

 

「それができればいいんですけどね」

 

シェプルスキアは呆れたように息を吐いた。テレナが熱中して体調を崩すのは珍しくない。休日には一日中寝ているような状態であることも珍しくないし、かと思えば深夜にいきなり起きて何かを書き始めたりする。

 

そういった生活を、シェプルスキアは知っていた。一部の若い兵士が戦のあとにある種の高揚から戻らなくなることがある。それは戻ることもあるし、戻らないこともある。似たようなことは経験の長い兵士でも起こらないわけではない。酒宴や眠れるような薬湯など、対応手段はいくつかあったが、確実に効くわけではなかった。

 

テレナはおそらく、戦場に身を焼かれているのだろうとシェプルスキアは考えていた。深い知識と理解が、本来であれば見なくていいものを彼女に見せてしまう。本来であれば長い経験と失敗を詰み課さなければ得られないものを、テレナはほんの僅かな時間で培わなくてはならなかった。

 

「本当に、彼女は必要なの。少なくとも、フェルヴァジュ管区で私がそれなりのことをできるようになるまでは」

 

「……あの部屋に私の入れますし、夏の休みの間は鍵を任されています」

 

「ああ、そういえばそうね」

 

エネトは頷いた。

 

「あれ、シェプルスキアさん。テレナさんはどこか行くんですか?」

 

「アニド君とちょっと統合王国の方まで行くはずだよ」

 

「ふうん……」

 

カロネはシェプルスキアの返事を聞いて、少し考えていた。当然ながらテレナと統合王国の繋がりはないはずだ。そしてアニドとテレナの間にも表向きの繋がりはない。あの二人の仲は良いが、それが婚姻や愛人関係に発展するには様々な面倒事がつきまとうはずだし、二人がそのような事を理解していないはずがなかった。

 

「ちょっとした観光よ、カロネは気にしなくて大丈夫」

 

「だといいですけど……」

 

「というか危なかったらあたしが留守番なんてしてないよ」

 

そう言われて、カロネは頷いた。この少女は、少なくとも若い乙女としては異常なほどの戦場慣れをしている。とはいえ、それをカロネにでも理解させた学院の授業の存在を思い出してやはり学院というのは恐ろしいところなのではないかと改めてカロネは考えた。

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