角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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驚異に挟まれ流言を囁く 2

「っとアニド君?なんでここに?」

 

蔦の館の廊下を歩いていると、通りがかった僧衣を纏った男性がアニドに声をかけた。

 

「フィモル卿?宮廷の時は色々お世話になりました。あと卿ってつけてくださいよ」

 

アニドは足を止めて彼に返す。テレナもアニドの一歩後ろの場所へ対話の邪魔にならないように立ち止まった。

 

「いやぁあのときも懐かしいね。ところで今は何を?」

 

「学生だがちょっと今色々やっていて」

 

そういう会話をしていると、フィモルと呼ばれた相手はちらりとテレナを見て軽く会釈をした。

 

「……後ろの方は?」

 

おそるおそる、彼はアニドの後ろの方の女性を見て聞く。統合王国の王室に連なるものの庶子であるはずの人物が連れている相手にしては、服装の規範が読めなかった。女中であるとしても、その服装は王室の侍女のものと考えられるが、男性に侍女がつくことはまずない。

 

とはいえ整った身なりと姿勢を見るに、それなりの地位と教養はありそうだった。かつて宮廷で色々と聖座で働く愚痴を吐いた、若いのにしっかりした青年が連れているとなると色々と裏を考えることはできるが、フィモルはどこか考えすぎて危ないところにいるような気がしていた。

 

「気にしないでくれ、ただの学院の知り合いだ」

 

「……そうだな」

 

彼は笑顔を浮かべたまま返す。

 

「っとテレナ嬢、改めて紹介するとこちらフィモル主僧」

 

「始めまして。学院より参りましたテレナと申します」

 

テレナはそう言いながら、確か名前がリュクバーンから渡された紙にあったなと考えていた。フェルヴァジュ管区の中で働いており、確か神学者としてそれなりに立場のある人物だ。聖座やフェルヴァジュ管区の事情を完全に理解しているわけではないが、リュクバーンの主導で行われる大掃除において実際に動くことになる人の一人だろう。

 

「で、彼女はリュクバーンの筆友」

 

「えっリュクバーン先生の?」

 

フィモルは驚いたように言う。彼にとってリュクバーンは話したことがあるが連絡を取り合っているほどではないという距離感の人であった。もちろん聖座の派閥の中ではリュクバーンのいる改革派に親近感を覚え、実際そのために動いてもいた。ただ、そのリュクバーンが自分より年下の、それも少女を相手に手紙をやり取りしているという事実を告げられてまずやってきたのは困惑だった。

 

「最近色々頼まれごとされなかったか?その関係者だよ」

 

「そういえば前に学院に行ったとか言ってましたね。……アニド卿が夏の間にこちらに戻られたのも、そういうことですか?」

 

フィモルは少しでも噂を掴むために言う。このままでは今後統合王国の宗教界で起こるらしい大きな仕事で大変な目に遭うという気配がしていた。

 

「そういうことだ」

 

アニドは頷く。既にフィモルは眼の前にいる相手を年下の学生たちではなく、自分よりも腕が上の同業者たちと判断していた。

 

「とはいえあくまで俺達の目的はちょっとした観光。昔はよく来ていたんだが、最近はここもなにか変わったか?」

 

「ここは変わりませんよ、補修もされず、雨漏りした部屋は勝手に漆喰が塗られて誰かが占領することになる。そういう意味では建築家の価値は高いですね、特に実際に手を動かせる人は」

 

そう言うフィモルに、テレナは口元に手を当てて小さく笑った。

 

「……アニド卿、テレナ嬢に質問をしても?」

 

「本人に聞いてくれ、友人でしかないからな」

 

その言葉にテレナも頷く。ここで下手に曖昧な態度を取ると、相手は政治的にそれを裏読みしてしまうのだ。それは誰にとっても望ましいものではない。

 

「テレナ嬢は、どこの出身で?」

 

「エルンツィンガー伯爵領でございます。ご存知ですか?」

 

統合王国のものではないとフィモルはわかったが、おそらく同君地域にある地域の具体的な場所はわからずに小さく首を振った。

 

「そうかもしれませんね、私の故地は抗議派の地ですから」

 

フィモルは自分の尊敬する枢要僧を問い詰めたくなっていた。なぜ普遍派組織の上層部の人物が抗議派の人間と手紙をやり取りしているのだと。そしてこの口ぶりからすると、この女性は伯爵令嬢の可能性が高い。そしてリュクバーンにとってはそれだけの事を踏まえてもやり取りをすべきということだ。

 

「……でしたら、この蔦の館は楽しんでいただけるかと。ここまで色々揃った場所は、そちらにもなかなかないでしょう?」

 

「それは楽しみです。なにせここだけの話、故地はウィルトールという方が改革をなさってもなおほとんどが畑で面白いものもない場所でしたので」

 

テレナの言った人名にフィモルの眉が動いたのをアニドは見逃さなかった。

 

「フィモル主僧、握手でもするか?」

 

そう言って差し出されたアニドの手の指の形をフィモルは見た。

 

「……いいえ、遠慮しておきます」

 

「そうか。なら、握手できそうな人を知っているか?」

 

「……リーディスワ夫人であれば」

 

「そうか、ちょうどこれから会いに行く予定だったんだ」

 

そう言ってアニドは手を引っ込める。テレナはそれが、アニドが苦手だと語っていた女流画家の名前だと理解していた。

 

「リュクバーン猊下は今統合王国にいらっしゃります。しばらくは第三王子関連で滞在されるでしょうから、会いに行って色々と社交界で聞いた話を伝えると喜ばれると思いますよ」

 

テレナは微笑みを浮かべて言う。フィモルには彼女の言葉に枢要僧という立場の人間への宗教的敬意が感じられないのに、それでもなお別の種類の敬意を抱いていることはわかった。

 

「……そうさせてもらうよ。君たちについても色々聞きたいことがあるし」

 

「手紙だったらいつでも受け付けるぞ、学院宛にアニドって書いておけば届けられる」

 

「いいのですか?」

 

「最近手紙のやり取りが多いからな、少しぐらい増えたって構わない」

 

「……では、もしかしたらリュクバーン猊下の代理で色々やり取りをすることがあるかもしれません。おそらくはしばらく彼の下につくことになるでしょうから」

 

「そうか。じゃあ、俺達はそろそろ」

 

「お手紙をお待ちしております、フィモルさん」

 

そう言って去っていく若い二人を見て、フィモルは息を吐いた。彼らはフィモルを話しが通じる相手だと思ったからこそ、本来ならば見せないような顔をしていたはずだ。もし彼らが聖座に影響を与えるほどの人物だと見抜くきっかけがなければ、自分は彼らにどこまで話してしまっていただろうかと考えて、彼は自分の法衣の胸の部分を握った。

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