角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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驚異に挟まれ流言を囁く 4

「アニド君は、結社の敵だね?」

 

アレリアは眼の前の少年を見据えて言う。普段の仕事では隠している目だった。顧客の前で素描をする時にはできない、暗箱を用いて精緻な背景を描くときぐらいにしか使えない観察のための目だった。

 

「悪しき王政の象徴みたいなやつだろ、俺は」

 

「裏返せば、その被害者にもなりうる。だからこそ、結社は君に近づいたはずだけど?」

 

「……つまりリーディスワ夫人がが仲介者?」

 

アニドは言う。確かに、アレリアであればアニドの振る舞いの裏を読めていてもおかしくはない。

 

「僕だけではないと思うけれどもね。学院に行く前から君は人気者だったから」

 

「……そうだったな」

 

体重を椅子にかけながらアニドは言う。真っ当な社交の場であれば相応しくない行動であったが、ここはそのような場所ではない。公的なことは一切ない場所だからこそ、こういう態度を取ってそれを示す必要があるのだった。

 

「で、今の結社はどこまでやっているんだ?」

 

「どこかの誰かがいきなり結社を動かすようなことをしたからね、陰で大忙しだよ」

 

アレリアはテレナに視線を向ける。少なくとも結社には認識されているし、彼らを動かすだけの理由を作ることができたとテレナは安堵していた。結社の存在を明らかにするだけでは統合王国の崩壊を止めることはできない。重要なのは彼らがもう抜け出せない場所にいて、統合王国を自らの手でどうにかしなければならないと理解させることだった。

 

そしてそれは、うまく行っているようだった。既に結社の幹部はそれがただの遊びではおさまらない事を理解しているだろう。それはテレナたちが苦労して作った表の人脈を支える、あるいは補完する裏側の人脈となるはずだった。

 

「……ウィルトールとかいう詐欺師は、いまは統合王国に?」

 

「さぁ?僕も最後に会ったのは例の本が出る前だ。それに彼もここまで問題が大きくなるとは思ってなかったんじゃないかな」

 

そう言うアレリアに、テレナは訝しげな視線を向ける。

 

「あなたの知っているウィルトールというのは、どういう人物ですか?」

 

「お調子者。ことさら悲観的になるくせに社交の中でしか生きられない。過激なことを言って注目を浴びたかと思えば、それをうまくその場にいない人を悪者に仕立てることで場の人気を得る」

 

「彼の得意な手段でしたね。悪しき領主と、彼に招かれた、しかし真の志がある改革者。そして付き添いの、清い魂を持つ少年」

 

「その話をウィルトールから聞いた時にはどんな凛々しい人なのかと興味を持ったけど、こうやってみるとかなかな可憐なお嬢さんじゃないか」

 

「……婚約者のある身でして、色目を使われても困ります」

 

「おや、僕を悪くないと思っていただけたなら光栄だ」

 

「彼女が苦手なのわかるわ、私もそうなってきた」

 

アニドに小声でテレナは言うが、それを聞いているはずのアレリアは顔色一つ変えなかった。彼女にとってはこの程度の振る舞いは稚児の遊びのようなものなのだろう。あるいは実際にそう見ているのか。

 

「ところで、テレナさんは彼から何を学びました?」

 

「不正と不平等を憎しむこと。人間らしくあることに伴う喜び。あるいはあるがままの自然の正しさを」

 

テレナはアレリアに語る。ウィルトールは矛盾を含んだ環境でありながら、テレナを理想の形に育てようとしていた。そしてそれを、歪んだ環境が台無しにした。

 

「学んだようには見えないが」

 

アニドは呟く。少なくとも彼から見れば、テレナは貴族として自分を律することのできる存在だった。複雑な儀礼のある統合王国でさえ、そこまで自分を見つめることのできるものは少ない。そもそもそのようなところから目を逸らして生きていたアニドにとって、彼女の強さは異常とも言えるものだった。

 

「学んだのよ、それを完膚なきまでに、自分の中で反論できるぐらいには」

 

「僕は政治が得意じゃないけど、テレナさんのやりたいことはわかったよ」

 

「それは何より。基本実務者向けに書いたつもりだけど、難しくはなかった?」

 

「色々な人がしている仕事は知らなくちゃいけないからね」

 

そう言ったアレリアは、視線を壁に立てかけられた肖像画に向けた。紙に署名をする男性。積まれている本と、机の上におかれた計算用の数字が書かれた骨片。背景の織物には家の紋章が描かれていた。

 

「持物ってやつだな」

 

アニドが言う。それはもともと絵画において聖人を描き分けるための手法であったが、神話を題材としたものや寓意画の発展に伴って肖像画にも取り入れられるようになっていた。

 

「……財務に携わる人ね。大臣というほどではないけど、かなり有力。伯爵……それも地方の伯爵?あるいはより上の貴族と強いつながりがある、とか。古典的な紋章ではないし、購官貴族だと思うけどそれでここまでの地位に登り詰めたとなると、候補は限られる……」

 

テレナは要素を読み取りながら言う。本来はそれは知る人にしか伝わらないように埋め込まれた記号であったが、それを読み取れるはずだという逆算からテレナは解読をしていく。暗号がそこにあるとわかれば、解きようはあるのだ。

 

「そう、彼はテワドレーム公爵領の財務局局長だ。読み方はウィルトールに学んだのかい?」

 

「最低限だけですが。本来であれば社交と経験で学ぶべきものを、本と記憶で乗り越えようとする田舎者の浅ましいやり方だと思ってください」

 

「おいテレナ、そういう謙遜はただ漠然と社交界にいて何も学べず怠惰に過ごしている貴族への批判になるからやめておけ」

 

アニドが皮肉交じりの笑顔で言う。

 

「頑張って込めても理解してくれない人が多い中で見分けてくれる人は嬉しいよ、よかったら肖像画の一つでも安く請け負おうか?」

 

アレリアからの提案に、テレナは首を振った。

 

「ウィルトールから聞いていませんか?私の故地のエルンツィンガー伯爵領は小さいのですよ」

 

「婚約者は近くの伯爵領にいらっしゃるんでしたよね」

 

アレリアの言葉に、テレナは少し黙って悩んだが、改めて首を振った。

 

「リーディスワ夫人に肖像画を描いてもらえたとなれば、両家の宝にはなるでしょう。しかしその金額があれば、何かあったときのための倉庫を一つ建てることができるのですよ。私の故地には、リーディスワ夫人の絵を理解してくれる人は多くないでしょうし」

 

「……そう。なら、残念ね」

 

「テレナ嬢、注意しろよ?この女性はそれで諦めるようなやつじゃない」

 

「あっアニドくんが小さい時の絵もあるよ、見たい?」

 

「見せていただけますか?」

 

テレナは誘いに乗ることにした。同級生の幼い頃の話というのは楽しいし、それは面倒な交渉と取引では失われる心の清涼さを与えてくれるのだ。

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