角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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驚異に挟まれ流言を囁く 5

アレリアに案内され、テレナとアニドは蔦の館を歩く。

 

「ええとアニドくんの絵は前に王認芸術院に出したんだんだよな、だからこのあたりにあるはず」

 

そう言ってアレリアが開けた扉の中には、膨大な量の絵が置かれていた。

 

「ここにあるのは品評会のものか?」

 

「そ。王認芸術院が買い取ったけど展示する場所もなし、ずっとここで眠るだけ」

 

「……それを良しとする貴族、ね」

 

テレナの呟きに、アレリアは苦笑いをした。

 

「僕はそれに支えてもらっているけどね、良いものではないと思うよ。ウィルトールは全部燃やしてしまったほうがいいとは言ったけど、実際そうなったらと思うとあまりいい気はしないね」

 

そう言いながら、アレリアは額縁の裏に書かれた番号を確認しながら絵を探していく。そう時間もかからずに、その絵は見つかった。

 

「ほら、アニドくんが十一か十二の頃かな」

 

埃っぽい部屋の中、開いたカーテンから差し込む日がその絵を照らす。頬の赤い幼さを残す少年が、大きさが微妙にあっていない服を着てこちらを見ている。

 

「まあ入賞はできなかったんだけどね」

 

「……何描いてるんだよ」

 

アニドは呆れたように言った。

 

「ねえアニドくん、確認があるんだけど」

 

「何だ?」

 

「王室の人物が庶子とはいえ、大きさの合わない服を着ることが?」

 

「あー、ないわけじゃないが公的な場ではさすがにないぞ?」

 

「なるほど、じゃあこれはアニド君の私的な部分まで知っているぞという意思表示なわけか」

 

そう言ってテレナは自慢げなアレリアの顔を見た。

 

「……こんなやつでも結婚させられるんだ、王宮の社交界というのは付き合いたくないところだぜ」

 

「そんな。まだアニドくんは子供だからわからないかもしれないけどね、おねえさんは愛されているんだから」

 

アレリアの口調が余裕ぶった、少し甘さを含んだものになる。こういうのが嫌いではない人も多いのだろうな、とテレナは考えていた。

 

「リーディスワと言えば画商だろ、人間性じゃなくて絵の方を見ているんじゃないか?」

 

「よくわかったね?」

 

少し驚いたような顔をするアレリアに、アニドは嫌な顔をした。

 

「少し聞かせていただいても?」

 

気になったテレナが尋ねると、アレリアは頷いた。

 

「あの人はね、僕の絵を買いに来た時に絵の方ばっか見ていたんだ。二人っきりになっても、見るのは指先とか。だから、僕の向けている視線に気がつかないわけ」

 

うっとりとするような、落ち着いた声でアレリアは語る。

 

「そうなんですね」

 

テレナはちょっとした好奇心を出したことを今更ながら後悔していた。

 

「画商というのはね、あちこちに行って様々なものを揃えてくるのが仕事なんだ。僕の夫は建築家の紹介もやっているからね、そのあたりでは実にいい審美眼をしていると思うよ」

 

「そうなんですね」

 

「いや、前に見たのはすごかったな。小さな絵を一枚、寝室に飾っただけで部屋の装いを丸ごと変えたようなことをしたんだよ。魔法か何かかと思ったね。それを成し遂げたのは僕の絵だったけれども、それは正直僕にとっては平凡な絵だったんだ。それをあそこまで部屋に調和させることができるだなんて」

 

「そうなんですね」

 

「おいテレナ嬢、返事もやめておいたほうがいいぞ。いくらでも話し続ける」

 

「……っと、二人はどれぐらいこちらに?」

 

アレリアは本題を思い出したかのように二人に言う。

 

「そう長い時間はいられませんね、学院の新学年が始まる前には戻らなくてはいけませんから」

 

「君たちのやるべきことは統合王国の方がやりやすいのでは?」

 

テレナの言葉に、アレリアは返す。

 

「……必ずしも、そうではありません」

 

「ほう」

 

「統合王国の外側からのやり取りである、というのが重要である場合もあるのです」

 

テレナは笑顔で告げる。それは結社の人々にとっても重要となりうる情報だった。

 

「少し聞かせていただいても?」

 

「もちろんです。統合王国を行き交う郵便がこっそりと覗かれていることはご存知ですか?」

 

「ええ。だから画商というのは良い仕事になる」

 

美術品というものは、案外何かを潜ませることができるのだ。大量の物資でさえ、建築資材と言えば気にされることなく運び込むことができる。

 

「覗かれていることを前提に、私たちは手紙を送っています。その取りまとめをしているだろう人物とも、接触をしています」

 

「……どのぐらいの人物?」

 

「ラストゥイル公爵」

 

黙っていたアニドが口を開く。

 

「知り合いが多いっていうのはいいこと、か」

 

アレリアが言う。彼女にとってラストゥイル公爵は危険人物であることは理解していたが、接触する機会がそうあるわけではなかった。アレリアは確かに邸宅社交界のみならず宮廷社交界にも顔が効く人物であるが、特定の一人を狙えるほどではない。

 

それに、ラストゥイル公爵は様々な警戒を張り巡らせている人であった。下手に接触して自身が結社の重要な秘密を握っていると知られれば、不慮の事故が起こることも十分考えられる。アレリアの立場を支える社交界からの支援も、夜の中では届かないのだ。

 

「だから、俺達が送る手紙はどの陣営にも平等に届く。結社のやつらにも多分それなりに送っているし、それを覗き見ようとするやつらにも話は回っている。結局統合王国をどうにかしなくちゃいけないって事は一致しているからな」

 

「……そのあたりの具体的な話は、もうできる?」

 

アレリアはここしばらくの結社の動きを思い出しながら言う。冬が明けてから、アレリアの直接知る範囲でさえ明確に動き始めていた。まだ公的には一切の話が出ていないのにもかかわらず、地方民会の復活を前提としていかにして手続きをして、代議士の選挙を実現するかの話が結社の会合で交わされている。

 

それは、かつてウィルトールが秘密の会合に招かれていた時にはありえないことだった。アレリアはその時代の人間だ。決して実務者ではないし、ウィルトールの思想も憂鬱な社交界の気晴らしに楽しんでいたに過ぎない。それがいつの間にか、逃げられない立場になっている。

 

「構いませんよ。そしてそう遠くないうちに、結社は公的に認められるものになるでしょう」

 

そう言うテレナの覚悟を、アレリアは読み取れてしまった。

 

「……それは、結社が今まで積み上げてきたものの多くを壊すことだよ」

 

アレリアはテレナを見つめて言う。それは望ましいことなのかもしれない。どこから伸びてくるかもわからない長い手に怯え、誰かが会合に参加しないことに裏を感じてしまうことはなくなるだろう。しかしそうなれば、あらゆる面倒事と責任を公的に負わねばならなくなるのだ。

 

「私はウィルトールの敵で、結社の敵ですから」

 

テレナは笑った。それでもなお、結社とは手を取り合えるとテレナは信じていた。

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