角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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驚異に挟まれ流言を囁く 6

一切の証拠を残すわけにはいかなかった。三人にとって頼れるのは記憶だけであった。

 

「……つまり、君たちはどちらにせよ王室と貴族の形を変えようというわけか」

 

二人の計画を概ね聞いたアレリアは、こめかみを揉むようにした。これを他の人物に話すことも難しい。彼女が結社の中枢にいれるのは、その忠誠や思想ではなく女流画家という立場ゆえだ。結社の側にも、あるいは統合王国の長い手にとっても、彼女の価値は決して高いものではない。

 

だからこそ、テレナとアニドはアレリアに計画を伝えることにした。ここまでの情勢を把握しているのは、他には第三王子を制御する必要がある枢要僧のリュクバーンぐらいのはずであった。

 

「墜ちる灯火を読んだだけの読者にとって、ルメン・デリロスはわかりやすい正解です。なら、そこを調整すればいい。私が提示しているいくつかの計画は、いずれも彼を何らかの地位につけると同時に縛り付け、既存の王室のあり方を変え、貴族の特権を剥ぎ取るものです」

 

テレナは言う。ある意味では、彼女のやっていることはウィルトールの目指していたものと大きく変わらないように見える。しかし、その詳細は彼の曖昧な思想や理念以上に細かいところまで決まっており、具体的に足りないものはなにかを議論できる段階にまでなっていた。

 

「でも、それは統合王国のあり方を残し、貴族の力を保存して、ウィルトールの語っていた市民の力というのを縛るわけか」

 

そう返すアレリアに、テレナは頷いた。少なくとも彼女は単なる画家ではない。社交界の流れを理解できる程度には政治の知識があり、相手を操ることはできなくとも少し方向を変えたり、あるいはそれまで相手が持っていなかった視点を提供することはできる。

 

そしてそれを、社交界という大きな舞台で自分の役を理解した上でできるのだ。アニドに言わせればそれができる貴族というのは希少だ。学院であっても、そこまでの水準の学生を十分な量供給できているわけではない。

 

「ええ。統合王国の問題を解決するためには、貴族の没落は不可欠です。邸宅で砂糖をたっぷり入れた珈琲を嗜むのは、既に統合王国を崩壊させるほどの贅沢になっているのですから」

 

「……実際のところ、軍事費が問題なのよね?植民地を手放してしまうとかでどうにかならない?」

 

「そうすると、どうしても輸入という形になります。それだけの船を持っているのは冷海同盟か、あるいは教主国。その二つが真っ当な取引をしてくれるとは考えにくいですし、統合王国の側から出すことのできる商品が必要になってきますね」

 

「統合王国の文化は素晴らしいものでは?」

 

そう言うアレリアに、テレナは首を振った。

 

「量が大きく違うのです。宝飾品だの美術品だの、そういったものはたしかに高額ですが、買う人はわずかです。それを補うとなると市民でも買えるような、大量に作ることのできる産物を輸出する必要があります」

 

「……そんなものは、あるか?」

 

アニドが言うが、テレナは首を振った。

 

「冷海同盟の商人は商品を隣に流すだけで暴利を得ている等と言われていますが、彼らは多くの産業を持っています。彼らは貿易を通して様々な商品を作っていますし、それを相手の国の中の商品と戦えるだけの質にしています。統合王国にはそれだけの価値があるものが、まだない」

 

テレナの故地であるエルンツィンガー伯爵領ですら、改革が完全に成功したとは言えない。そしてその改革も、テレナの婚約によって隣の伯爵領との敵対関係がひとまず落ち着いたからこそ生まれた余裕を活用したものだった。今の統合王国では、それを望むことはできない。

 

「だから貴族を消してしまう、と?」

 

「消すわけではありませんが、彼らには敗北感を持って貰う必要があります。そして、自分たちが果たすべき責務を理解して貰う必要も。そして聖座は、その道を示すでしょう」

 

アレリアはテレナの言葉を聞きながら、やはりウィルトールの弟子だなと考えていた。彼女の言葉はかなり無茶だ。今の統合王国の現状を知っているだけの人であれば、テレナのような事はまず言えない。しかし、そこにはそれを信じさせるだけの力があった。

 

それはウィルトールにあった説得力とはまた異なる。彼に比べれば、彼女の話し方は上手なものではない。しかしそこには精緻なまでの根拠と、信じるに足る理論があるのだ。一度その前提と考え方を知ってしまえば、そうではないものを考えることができなくなるほどのものが彼女の発案にはある。

 

「……結社の知り合いにそういう話はしておくよ。もし何かあった時、少なくとも成功しているという例があるのは助かるものだからね」

 

「ありがとうございます。……それと、ウィルトールのことですが」

 

テレナが言うと、アレリアは首を振った。

 

「連絡も取れていない。あの本だって、僕は知らなかったんだ。ひっそりと長い手に絞め殺されていたとしてもおかしくないし、変な薬にでも手を出してどこぞで死んでいてもおかしくないとは思う」

 

「あー……」

 

テレナは妙に想像できる家庭教師の末路に頷いた。

 

「まあ、もし会ったら声をかけておくぐらいはするよ。君の弟子が成長したぞ、とね」

 

「学院に入る前まではそれなりに家庭教師のことを素直に聞く令嬢で通していたので、もしかすると私がこういうことをしているとまだ気がついていないかもしれませんが」

 

「かもしれないね。彼はそういうのが得意ではないし、あの本も彼だけが書いたわけじゃないはずだ。少なくとも出版にはその種の専門家が絡んでいるはずなんだが」

 

「そっちの方の知り合いが学院にいるのでそちらは大丈夫です」

 

アニドが言うと、アレリアは微笑む。

 

「……アニドくんは、学院で良い友達を多く持てたんだね」

 

かつて王宮において微妙な立場を取らされ、行動を縛られていた少年のことをアレリアは心配していた。彼から頼まれれば力になろうという気持ちはあったが、それをうまく伝えることはできずにいた。

 

彼が学院に行き、彼女も知るような人物たちと手紙をやり取りしていると聞いてアレリアはペンを取ったのだった。それがこのような策謀になることまではその時には考えられていなかったが、あの時に強がっていた、そして寂しそうだった男の子を救えるのであれば、少しは年上のお姉さんらしいことができたんじゃないか、と考えていた。

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