角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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驚異に挟まれ流言を囁く 9

「シェプルスキア先輩、最近退屈そう」

 

鍵のかかる部屋の中で、手紙を書きながらフュルシーアは言う。最近のフュルシーアは各地の南方街とのやり取りを行い、色々な噂を流していた。その中には統合王国への輸入についての考察も含まれる。

 

「本人のいる前で言うんじゃないよ」

 

レイルグは本をめくりながら言う。彼にとっては不慣れな冷海同盟の言葉で書かれた法律書は、彼がまだよく理解していない商取引を知るためにフュルシーアから薦められたものだった。

 

「ひまじゃないよぉ」

 

気の抜けた声でシェプルスキアは言う。フュルシーアとレイルグは顔を見合わせ、首を振った。

 

「そういえばテレナ先輩はどうしてますかね」

 

レイルグは統合王国の首都の方へ行っている二人について考えていた。

 

「アニド先輩がついているなら大丈夫だと思いますど、確かテレナ先輩ってそこまで本流の社交界に出たことがないはずですよね?」

 

「それであの技量なのはすごいと思いますけど」

 

フュルシーアの言葉にレイルグは返す。二人はシェプルスキアがやったことを直接見てはいないが、噂で聞いた去年の冬の学院での仕事は少なくとも二人には難しいものだった。

 

「……大丈夫かなって思うのは、ファーネスタ先輩かな」

 

窓から外を見ながら、シェプルスキアは呟く。

 

「どうしてですか?」

 

問いかけるレイルグ。

 

「テレナのせいで、ファーネスタ先輩は戦場に行くことになったから。きっと、聖座ってところで色々させられると思う」

 

「そこまでですか?」

 

レイルグは尋ねる。一応は公爵令嬢だ。そして王子の妻となるのであれば、相手を操り、できれば巻き込むような方法を教えられて然るべきだろう。

 

「戦場は、どれだけ話を聞いていても、最初は慣れないものだよ」

 

シェプルスキアは天幕で生まれ、馬とともに育った。それでもなお、傭兵として戦場に出た時には強い怯えがあった。それが消え、兵を見ることができるようになり、指揮ができるようになったまでは早かったとはいえ、それでも普通の範疇であることはわかっていた。

 

もちろん、そうでないものもいる。初陣で成果を挙げる勇者もいれば、不幸にもそこで斃れるものもいる。あるいは、二度と戦場に立てぬものも。

 

傭兵団は様々な人を求めていたために、剣を持てないこと自体は珍しいことではなかった。それでも、やはり慣れというのはどうしてもあるのだ。駒がいきなり指し手になることは難しい。しかし、リュクバーンはファーネスタにただの駒以上の役割を間違いなく求めているだろう。

 

「聖座は王室派ばっかっていうけど、実際はやっぱ小さな教会とかだと地方派というか地方の領主と中のいい人も多くてさ、そういうのを取りまとめるのをファーネスタがやるんじゃないかって」

 

「地方の修道院とかですか。ああいうところって意外にも人がつながっていたりしますからね」

 

レイルグにシェプルスキアは頷く。シェプルスキアのいたところではそうではなかったが、それでもその教会は普遍派だったのだ。すなわち、一応階層をたどれば聖座にまでたどり着くということである。

 

「そうするとファーネスタ先輩は不利かもしれませんね。エネト先輩はそういう覚悟できてそうでしたけど」

 

フュルシーアが言うと、シェプルスキアは頷いた。

 

「リュクバーン先生の教え子だから、やっぱり色々されているのかな」

 

返されたシェプルスキアの言葉にフュルシーアは目の色を変える。

 

「あれ、そういえばあの人ってどこの人なんですか?」

 

「なんか修道院育ちだって聞いたよ」

 

「ほうほうほう、つまりあれですね、エネト嬢はリュクバーンの隠し子ですよ」

 

自信満々に言うフュルシーアの頭に、レイルグが持った本の背が落ちた。

 

「痛い!なにするのレイルグ君」

 

「フュルー嬢のことですからどうせ禁断の関係とか言い出すんじゃないかと思いまして」

 

「そういうのは途中で明らかになったほうが後戻りできない背徳感があってですね」

 

「これだから異教徒は……」

 

そう言い合う二人を見ながら、たぶんテレナやアニドがいたら怖い顔をしていただろうなと考える。シェプルスキアと違ってテレナは故郷が宗教的に難しい立場にあるし、アニドは立場として普遍派と繋がっている。その二人とも別に神に思い入れはないだろうが、それでも寛容の名の下にする冗談は一線を越えているものではなかった。

 

それに対し、フュルシーアとレイルグはもっと直接的だった。宗教的戒律を物語の演出に使うことも、それができるのが異教徒だからという直截な指摘も、本来であれば貴族なら許されないものだった。

 

ただ、二人は貴族ではなかった。だからこその自由があった。ただ、二人が戦場に立つのは違うだろうなとシェプルスキアは考えていた。

 

彼らは戦場に行かない。それは義務を果たさないことではない。彼らは彼らの戦争をするのだ。シェプルスキアにとって息をするように馬にまたがって草原を駆けるように、彼らにとって本を読み、問題に向き合い、利益を掴み、そして取引を成功させるのは当然のことなのだ。シェプルスキアにとってそれは、訓練と後援になしにはできないものだ。

 

「テレナがさ、市民が権力を持てるわけがないって言ったのはなんとなくわかるな」

 

シェプルスキアが言うと、言い合っていたフュルシーアとレイルグは口を閉じてシェプルスキアの方を見た。

 

「どうしたんですか、先輩」

 

フュルシーアが尋ねる。

 

「たぶんテレナってさ、貴族の言葉で喋っているんだよ」

 

「統合王国語……という意味ではなく、言葉の定義の話ですか」

 

「そう」

 

レイルグの言葉にシェプルスキアは同意する。

 

「でも仕方ないと思いますよ?テレナ先輩は自分が貴族でいなくちゃって考えすぎている。別に貴族なんてなくたって人は生まれて物食べて買い物して死んでいくんです。だからこそ価値っていうのはどこでも通用して、だから宗教も風俗も違う場所なのに南方街ってものが成立するんです」

 

「フュルー嬢、それは違うと思いますよ」

 

レイルグが遮ると、フュルシーアは挑発的な視線を返した。

 

「どのあたりが?」

 

「貴族には貴族の価値があります。それは他のもので置き換えられるかもしれませんが、ある目的に一番沿ったものではあるんですよ。果物を切る刃物で肉を切ることはできるけど、手間がかかるし面倒ということです。相対する問題が変わるなら持つべき刃物も変わりますが、それは古い刃物が使い物にならないというわけではありません」

 

「でも効率悪いでしょ」

 

「新しい刃物も安くないんですよ」

 

そういってまた議論を始めた二人を見ながら、シェプルスキアはテレナと話せていないのが案外力の欠如の原因なのかもしれないなと考えていた。

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