日暮前に見学は終わり、疲れた第一学年の学生たちは夕食のために食堂へ向かって行った。
「……シェプは、ついてきていた人に気がついた?」
テレナは昼より薄まっていたスープを飲みながら隣のシェプルスキアに声をかけた。
「よく訓練されていたね」
「そこまでわかるの?」
ちらちらと後ろを見るといた村落の住人らしい人物について、テレナは服装ぐらいしか確認できていなかった。
「歩幅が整っていて姿勢が良かった。傭兵団あがりかな」
「シェプみたいな?」
「少し違う。あたしのところは馬と砲で連携してって感じだったけど、もっと陣形を組んで行進するような感じ。歩幅が一定で、規則的な歩き方をするから」
「統合王国の正規軍とか、そういう感じよね。でもなんで傭兵だと?」
「規律が良すぎるから」
シェプルスキアはそう言って皿をパンで拭った。
「……どういうこと?」
「テレナは軍事知識、あまりないよね」
「そういうのは嫁ぎ先だと婚約者の専門分野だからね、後方ならともかく戦略や戦術についてはさっぱり」
そう言ったテレナであったが、少なくとも平和な地帯の統治者には従分な最低限の知識は持っていた。とはいえそれは体系的でも血で鍛えられたものでもなく、かつ理論に強く偏っていたが。
「貴族の私兵は基本的には質が低いの。あたしが戦ったような相手だとそこに立っているだけでもうぼろぼろみたいなのも珍しくない。そういう相手は馬ですぐ散り散りになるけどね」
「確かに、普通の生活をしていたら馬に襲われた時に怯えるか逃げるかになって立ち向かうのは無理そうね」
「確かに強いこともあるよ?背中に守るものがしっかりあって、高いところから見る参謀と慕われている指揮官がいれば、たとえわずかな訓練しか受けていない農民でも恐るべき戦力となるし」
「……領地の軍は、そうありたいものね」
「すごい難しいんだからね?」
学院で軍事について教鞭を取る騎士団領出身のヴィンサート教授は、そのようにして成り上がった人物であった。低級軍人の家に生まれたもののその指揮能力を買われ大将にまで上り詰め、一線を退いて引退しようとしたところで騎士団領の軍政改革に巻き込まれ、そして今は学院を終の住処としようとしている老人である。
そして、彼は多くの軍人がいる騎士団領においても珍しい経歴を持っていた。シェプルスキアは伝聞で彼の手法を知ってはいたが、それを実現できるだけの技量は彼女にもイウェラ連隊にもなかった。
「それらを踏まえて元傭兵、と。納得したわ」
「ただ、推測だからね。別に元傭兵が農民やったらいけないわけではないし」
「特にあの村落ならそういう人材を受け入れていてもおかしくないわね」
「そうなの?」
シェプルスキアの質問に、テレナは頷いた。
「退役軍人をどうするかっていうのは色々と問題なのよ。だからそういう人たちを受け入れる場所としての村落みたいなことを考えているなら、自警団の人としての価値も含めてここに住んでいるのかも」
「あたしが共和王冠国で領主やってるみたいに?」
「そう」
「なるほど、あのおじさんはあたしと同じような人だったのかもな……」
シェプルスキアが遠くに見えた人物を思い出している横で、テレナは少し考え込んでいた。
「ただ、学生に見張りがつくとなると学院と村落の関係が悪化しているか、あるいは学院が何かを頼んだか……」
一つの観測結果は、その前提条件によって様々に解釈しうる。例えば村落が学院の学生を警戒しているとき、疑われているのは学院なのか学生なのかによって意味が変わる。前者であれば村落と学院の間に何らかのやりとりの問題があったと考えられるし、後者であれば疑うに足る何かがあったことの示唆になる。
「そういえばさっきどのくらいの人数が必要か聞いてたよね」
シェプルスキアはあえて内容を直接言わなかった。それは周囲に食事をしている人がいる状態で危ない話をしないという学習でもあったし、テレナのように政治的な振る舞いをしたいという背伸びでもあった。
「真っ当な外交手段を取るなら動き出すのは冬のはず。ただ、急いだ陣営がそれより早く動く可能性もあると私は思ってる」
「考えすぎじゃないかな」
シェプルスキアは少し冷めた目でテレナを見た。
「ここは学院よ」
「……そうだよね?」
「百年近い歴史を持って、数百人の各地から集めた子女を教育する場所よ?」
「うん」
「大きな派閥は一人か二人、教職員に手駒を入れているはずよ」
「……そっか」
学院の教授の多くはその実績を買われて招聘されていたが、そうでない人もいた。例えば学院の掃除人は近隣の村落から雇われたものもいるが、住み込みで働いている人もいる。もちろん雇用前に最低限の身辺調査はされるだろうが、学院に子女を送るような階層にとってたかだか紙一枚の記録簿の写しを作ることなど造作もない。
「だから、いつでも可能性はある。それに誰が狙われてもおかしくない」
「……そう?」
シェプルスキアは婚約破棄事件に係る三人を思い浮かべながら言った。
「まず第三王子。公爵による復讐として」
「さすがに殺すのは問題でしょう」
「でも、筋は通るよね?」
「……やりすぎだけど、そうなった時に公爵家に疑いがかかるということか」
「気がついたようね」
テレナはシェプルスキアに頷いて言った。シェプルスキアは陰謀が得意ではないと自認していたが、それは決して陰謀を理解できないわけではない。理解できてしまうからこそ、自分がその中に巻き込まれた時に陰謀と気が付かずに動かされる可能性を素直に認め、また自分がそのような策略を練るほどの忍耐と洞察がないと考えているのだ。
「公爵令嬢の場合は王室か聖座に、修女の場合は公爵家に疑いがかかる……で、いいのかな」
「学生の動きと派閥の動きが一緒ならね。例えばもし聖座が公爵令嬢と手を組む場合、修女は邪魔になる」
「……そこまでみんな考えているかな」
「でも、理解はできるでしょう?事件が起こった後で真の犯人を突きつけるように宣伝をすればいいのよ。もしうまくいけば、情勢をかなり一気に変えることができる」
「……だからそれが起こりそうになくても、警戒しないといけないのか」
「嫌なところに置かれた
「あたし、
シェプルスキアはぼやきつつ、それでもなんとなくは想像することはできた。