戦争が描かれた大きな綴織がかかる部屋で、一人の女性が玉座から立ち上がった。今日は週に一度の外務卿会議の日である。
それは本来、月に一度行われるものであった。北側世界の中心地からすれば辺境に位置する総権国には、噂が流れてくるのも遅い。しかし、ここ数年でそれも変わった。
侍女に外套を着せてもらい、彼女は謁見の間を出て涼しい廊下を進む。寒い国の貴族のいいところは、見栄えのする服を蒸れることなく着れることであるなと彼女は考えていた。
彼女が部屋に入ると来席者が皆立って彼女を迎えた。彼女が何も言わず腕を一振りすれば、彼らは緊張を保ったま席につく。そうしてゆっくりと、彼女も上席に腰を下ろした。
「外務卿、始めてもらおうか」
「はい陛下。それではまず、統合王国の最近の情勢についてです」
頬に傷のある男が地図を前に言う。そこにあるのは、かの統合王国の長い手すら掴みきれているか怪しいものであった。
長い冬の間に、少なくない総権国の商人は北側世界を巡る。本来であれば、毛皮は港で冷海同盟の商人に渡されればそれで彼らの仕事は終わりだ。しかし、ここしばらくは冷海同盟の商人と共に行き、あるいは独自の方法で販売をする人も増えた。
表向き、彼らは自身の商品に自身を持つ偏屈な商人だ。そして総権国の毛皮の質は、それを可能とするだけのものだ。しかし彼らは毛皮の市場や買い手と同じ程に、様々なものを見ている。特に新しく貴族となった、あるいは事業で成功した人物は地位を示す上等な毛皮を求めた。
彼らはそこに行き、話をし、酒を飲み、打ち解ける。そしてしばしば、特別な毛皮を特別な価格で売るのであった。市場との価格の差は、秘密によって支払われるのだが。
そうして集められた情報は、他の手段で調べられたものと撚り合わせられていく。統合王国の先進的な軍制を学ぶ若き士官は、好奇心に目を輝かせながら砲の合金と銃の飛距離を尋ねた。野蛮な故郷にうんざりしていると見事な統合王国語で語る外交官は、邸宅社交界を渡り歩いて噂を集めた。あるいは若い青年は一人旅として、あちこちを巡りながら要塞の様子を暗号で日記に記していた。
「すなわち、フェルヴァジュ管区は既に我々の協力者の一人の実権を解体しつつあるということです」
その監僧は王室派貴族の四男であり、その家はかなり有力であった。寄付によって彼は地方を任せられる監僧にまで上り詰め、自らの地位を示すための富を求めていた。総権国にとって、彼は都合のいい男だった。しかし、既に彼の持っていた特権の多くが消え失せていた。
「我々の秘密を知りすぎてはいないか?」
「それについては問題ありません陛下、彼には何も重要なことは語っていないゆえ、短刀すら不要であるかと」
「それは良い。安易に振るっては錆びてしまうからな」
外務卿は女総権者に頷く。彼がこの地位にいるのは、何も昔から彼女に忠実だったからというわけではない。彼はかつて軍人として敵に勝つためにあらゆる調査をしてきた。そして女総権者が玉座についてからは、より広い戦場で戦ってきた。
統合王国で総権国の驚異を唱えるものがいれば、その周囲の者に噂を流して彼の言葉が王宮へと届くことがないようにした。政敵であり女総権者に敵対的な男を葬り去るため、傭兵団の新しい指導者と取引をした。そして今は、はるか西方の混乱を操るために動いている。
彼の報告を聞きながら、女総権者はうまくやっているなと考えていた。彼女の手元にある分析は、統合王国の終りが近いことを示している。財政が崩れ去れば、統合は消え失せるはずだった。宮殿は冷海同盟の商人に差し押さえられ、地方では貴族が独立性を増して事実上の王国を設立し、各地の農民反乱は分裂した軍隊とともに混乱を起こすはずだった。
総権国で秘密裏に作られた分析では、それは瞬く間に起こるだろうとされていた。破産の宣言から、わずか半年で国王はその座を追われるという見立てだったのだ。だからこそそれに乗じるための準備が行われていた。
しかし、その前提がわずかではあるが揺らぎつつあった。少なくとも、それまで見向きもされていなかったはずの問題に対応するために人々が動き出していた。少なくとも外務卿はそれを前提に噂を集め、そして推測を立てていた。
「それで、そちらの方面は調べがついたのか?」
「はい陛下。おそらくは王室の庶子、アニドという青年が中心となって手紙を通して動いております」
「結社が、彼を使っていると」
「むしろ彼自身が積極的に動いているようにさえ見えます。結社も間違いなく動いていますが、手紙が送られたという時期を考えると彼が動かしたと見るべきです」
「しかし……また懐かしい場所だな」
外務卿が地図で指差す場所は、女総権者にとってよく知った場所であった。同君地域の端、統合王国と冷海同盟との国境にも近い場所。
「第二学年、いえ今はもう第三学年となっております。我々の手のものを送る余裕はなく、翌年にガロテーエン卿の娘御が行くようですが」
「彼女にできるだけ良い教育を受けさせてやってくれ。必要であれば今から向こうに行かせて一年の間現地の社交界で学ばせても構わん」
「良いのですか?」
「何度か話したことはある。強い心のある良い娘だ。ガロテーエンも付けば向こうの雑物に惑わされることもまずないだろう」
「陛下と似ておられますな」
外務卿の言葉を冗談として笑える人物は、不幸にしてこの部屋の中には存在しなかった。
「しかし学院の中にあって国家を動かそうというのは、私でも思いつかなかったことだ」
「愚かなのですかな、それとも」
「それしか手段がないから、そうしているのかもしれん。そういうものは怖い」
女総権者はそういう人物を一人知っていた。彼女は夫を寝台で締め付ける妻となるべく、そして敗戦国に押し付ける低価値な品として育てられ、学院で磨かれた。そして夫を弱らせ、狂わせ、そしてその地位を奪った。
彼女がそうしたのは、それしか手段がなかったからだった。夫の方法では彼の父が築き上げてきたものが食いつぶされるばかりだった。必要な改革のためには、多くの血を流さねばならなかった。それでもなお、固まりきった統合王国よりも、総権国は若かった。
かのルメン七世が培った手法を流用すれば、最低限の犠牲で最大の恐怖を生み出し、そして貴族制度の形を保ちながら実力者を採用し、家や地域ではなくルウォロド総権国に忠誠を誓う層を作り上げた。そうでなければ、彼女が信頼できる有能な人材を作り出せなかった。
かつてフェナテリアと名乗っていた騎士団領の乙女が、あるいは女総権者エフナチェルカ一世は、きっとどこかで統合王国を止めるために苦心しているのであろう指し手をはるか西に見ていた。