角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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幕間に休み信書を秘める
幕間に休み信書を秘める 1


慣れない上級生向けの寮で目を覚ましたテレナが周囲を見渡すと、誰もいなかった。時間からすればもう朝食が始まっていてもおかしくはない。時計が全ての部屋に置かれていればいいのにと思いながら、テレナは制服を着ながら廊下を急ぐ。

 

新入生が入り、後輩のレイルグとフュルシーアも第二学年になった。そしてテレナたちの代は第三学年になる。履修しなければならない授業も少なくなり、一つの分野に集中して取り組むなり、あるいは学院という場所を使って思索を深める事ができるようになる時期だ。

 

ただ、それは少なくない学生にとってゆったりと過ごせる時間が手に入るということでもある。授業のない日をゆったりと過ごすことは、これから休みのない貴族として生きねばならないような学生にとっては最後の余暇でもあったかもしれない。

 

テレナが食堂に駆け込んだ時には、既にある程度の人が食べ終わっているところだった。第一学年と第二学年では規律ある生活が教えられるが、その制限は上級生になるほど緩む。しかしその行動の責任は負わねばならない。

 

「あー……」

 

既に食べ散らかされた食事の皿を見て、テレナは脂身の残された肉とちょっと苦みの強い野菜を取り分けて食べていく。

 

「あれテレナ先輩、寝坊ですか?」

 

後ろから声をかけてきたのはフュルシーアだった。

 

「そ。上級生はのんびりと過ごせるのよ」

 

「……後輩の話なんですけど」

 

「今の方が良い?」

 

「午後の授業終わってからだと疲れてしまいそうだし、今のうちに簡潔に伝えておきたくて」

 

テレナは素早く周囲を確認する。少なくとも耳をそばだてる学生はいなさそうであるし、学生以外の職員が追加の料理に合わせて来るまではまだ少し時間があるはずだった。

 

「どうだった?」

 

「今の時点で、入れる価値のある人はいないと思います」

 

「外れの年ね」

 

テレナはため息を吐いた。学院という場所は色々と都合がいい。統合王国の問題に一介の学生たちがここまで大きな影響を与えられたのは、その立地と歴史が強く影響していた。

 

とはいえ、そこは本来教育機関なのである。つまりそこに通うのは、学ぶ必要がある学生たちだ。そしてその多くは、複雑な政治と交渉を理解するだけの基礎知識を持たない。

 

今の第四学年ではネアしかその水準にある人はいなかった。第三学年ではテレナとアニドが、第二学年ではレイルグとフュルシーアがいた。しかし、今年の第一学年には相応しい指し手がいないというのだ。

 

「……もう一度調べてみます。そうでなくとも、後輩たちの裏を確かめるには大事ですから」

 

「同君地域のほうは私の側から確認できることがあれば色々回せるから、知りたいことがあれば言ってね」

 

「了解です」

 

そう言って、間もなく始まる授業のためにフュルシーアは駆け出していった。テレナは今日、午前中は手紙の整理をするつもりだったのでゆっくりと食事をすること自体にあまり問題はない。しかしやらなければならないことが多いと思い出して、テレナはひとまず自分の目の前にあった皿をそれなりに綺麗にした。

 

部屋の鍵はテレナとアニドの間で管理している。二人の授業がない時間は共有されているので、それに合わせて鍵をやり取りしているのだ。周囲からはこの二人が裏で何をしているんだという邪推もあったが、それが色恋沙汰ではないことが確実になるとすぐに彼らは興味を失った。

 

前にアニドが閉じてから開けられた痕跡はない、と蝶番の隙間に挟んであった紙が折られていないことを確認してからテレナは首から下げた紐を手繰り寄せて襟から鍵を出し、回して開ける。インクの匂いが漂う、統合王国を操っている作業所がそこにはあった。

 

地図に書き込まれた情報は多くなり、今では分野別に三枚に分けて整理されている。結社は拡大しつつあり、実際に国を動かしている実務者にも食い込むようになってきていた。少なくとも、今すぐに王室が消え失せたとしても結社がその代わりを担うことは不可能ではないほどには彼らは成長していた。

 

もちろん、それはすぐに彼らが表舞台に立てるという意味ではない。適切な引き継ぎのない継承は混乱を招く。それが力によってなされたものであるならばなおさらだ。フュルシーアの伝手を用いて、あるいは議場学の中心地であるティロから集めた議場学の本も、この点についてあまり参考になる事例を示していなかった。

 

うまく行った継承は、多くの人に望まれ、そして認められたものだ。多くの人が統合王国の現状を認識し、あるいは結社に入っているとはいえ、彼らはどうしても少数派だ。そうではない多くの貴族は、今なお自分たちがしていることが国を滅ぼす贅沢であることを理解していないのだ。

 

「……ただ、明確に動きはあるのよね」

 

テレナはやり取りされている手紙を見る。統合王国の財務大臣に、学院の卒業生である王室派の人間が就任することが決まりつつあった。彼の家が王室と近しいことから一般的には学院派と見なされてはいなかったが、実際のところはかなり購官貴族とも近い人物だ。つまり、間違いなく有能である。

 

同時に、テレナとアニドは彼を支援するための組織を構築していた。結社には理解のある人を送るべきだと示唆し、地方派にはここで起こることを逃すべきではないと主張した。結果として財務大臣の周囲には、事情を理解している人が集まる。意見が対立しようが、前提が共有されていないよりはよほど良いというのが鍵のかかる部屋の中での共通意見だった。

 

本来であれば手を取り合えなかった派閥に、テレナたちは理由を与えていた。その理由を作るためには両方の派閥の表向きの主張と実態を知る必要があり、かつその両陣営から敵と見なされていない必要があった。アニドはそれを成し遂げるために、多くの欺瞞を重ねていた。

 

宮廷社交界において、アニドは不在の有名人となりつつあった。学院を卒業すれば、彼はどこかにいなければならなくなるだろう。しかしそれは彼のいる組織が、あるいは派閥が統合王国の中で不均衡を作りうることを意味してしまっていた。一方で彼に何も役職を与えないということはできない。彼は庶子とはいえ、王の血を引くのだから。

 

一方で彼に中立的な役職を与えるのも困難だった。創設された多くの役職が売りに出されていたために、名前だけでわかるほど中立だという椅子はない。そして、王の血を引くとはいえ庶子をそのような席に座らせることを王室の伝統は許容しなかった。

 

この部分の難しい感覚は、アニドですら乗りこなすのは難しいものだった。ましてやテレナには理解できない。だからこそ、アニドには負担が集まってしまっていた。

 

それでも、間もなく計画は動き出す。テレナやアニドが押し出した船が、自ら張った帆によって進もうとしていた。

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