角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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幕間に休み信書を秘める 3

上級生用の寮の談話室はそれまでいた下級生用のものよりも多少調度品や壁紙に予算が割かれており、少しだけ上等な雰囲気が漂っていた。

 

「そういえば思うのだけど、専門家の授業は有用ね」

 

追棋(アファト)の駒を置きながらテレナがそう言うと、シェプルスキアは不思議そうな顔をした。

 

「なに、いきなり」

 

テレナからの包囲に穴を作りながらシェプルスキアは言う。既にシェプルスキアの腕前はそれなりのものになっており、テアリアとの差はまだあるものの時折悩ませるような手を打てるようになっていた。

 

「農業系の授業で面白い話を聞いたのよ。領地でも使えたらいいなと思って」

 

「そういうのって、テレナはもう全部知っていると勝手に思ってた」

 

「戦場を知るかつての傭兵団の団長でさえ、軍について学ぶことは多いでしょう?」

 

「学院で学べるのは、なんていうかあんまり華々しくない部分でイウェラ連隊なら参謀たちがやっているようなことだけど」

 

「でも、シェプはそうなりたいんでしょう?」

 

テレナに問われて、シェプルスキアは頷く。テレナが見ているような視点を彼女は完全に共有できたわけでは無いが、それでも少しは活用することはできた。

 

シェプルスキアは共和王冠国の領主である。領主が何をするものかという問いにまだ彼女ははっきりとした答えを持っているわけではないが、少なくともそれは学ばねば答えられないものだというのはわかっていた。多くの領主が生まれながらにそのような教えを受けていたのに対し、シェプルスキアが知っていることの多くは戦場だ。

 

領主は率いる力が必要だが、それは軍隊の指揮官と完全に同じわけではない。そして階層的な貴族制度においては、下の方の貴族は領主以上に参謀のような役割を求められるのだ。

 

だからこそ、シェプルスキアは自身を共和王冠国の参謀となれるように鍛えていた。文字を読み、文章を書き、問題に挑み、問いを磨く。ただ、それでもシェプルスキアにとってテレナはまだ届かなさそうな存在であった。

 

「テレナはさ、本とか読んで色々知っているんだと思ってて……なんていうか、学院で学ぶことをそこまで重く考えてないんじゃないかって」

 

シェプルスキアの言葉に、テレナはなんと返すべきかしばらく悩んだ。

 

「まず、本というのは完璧ではないのよ。人が書くものだし、そこにはどうしても誤りが紛れ込む。それに書かれた時点で時間が止まって古くなる。これは現場を離れた人も同じだけど、人は学び直せる。逆に言えば、本の価値はいつでも読めることにあるのよ。夜中でも、休日でも、もし上手く保存されれば百年後でも」

 

テレナの言うように、学院の図書室にはかなり古い資料もあった。虫に食われることのないように丁寧に管理された本や書簡、あるいは古式な羊皮紙による様々な文書は、今の社交界からは得られない、しかし今の社交界を作っている要素を示していた。

 

「授業はその時にしか聞けないけど、誤りを確認できたり、あと実際にそこでやってきた人の話を聞けるからいいってことでいい?」

 

「その通り。だからそもそも授業と本は別物なの。確かにほとんどの人がする授業よりもいい本はあるだろうけど、その作者がする授業は大抵の場合本よりいいものと言える。もちろん事前に本を読んでおくのがいいけどね」

 

「そういうことしているから教授たちから変な質問返されるんじゃないの?」

 

「そうかもしれないけど……」

 

テレナは領主の妻となるべく、様々な授業に顔を出していた。第三学年では履修しなければならない物は少ないが、一方でそれまでの学年より一気に選択肢が増えるのである。特に進路が定まっていない学生、あるいは領主の妻としてあらゆる範囲を知っておかねばならない学生のために範囲の広い科目もあったが、テレナはその程度であれば既に本を読んで知っていることが大半だったのででてはいなかった。

 

ただ、学院の授業の多くは本来は成人もしていない上流階級の若者を想定して作られている。統合王国を手紙で動かそうとする人物がそこに入れば、教える教授たちもそれにあわせて内容を組み替えてしまう。結果として有意義ではあるが、難易度の高い授業ができてしまうのだった。

 

「あたしはわかるからいいけど、他の学生の学びを邪魔しないようにね」

 

「はい……」

 

少し落ち込んだテレナが打った悪手をどうするべきか考えて、シェプルスキアは無言で駒を進める。弱みは見せるほうが悪いし、ここで甘やかすことをテレナは望んでいない。

 

「……やらかした?」

 

テレナが言う。シェプルスキアは頷いた。

 

「……これ、私の負けね」

 

「そもそも不利だったでしょ?」

 

「そうだけど」

 

ふてくされたように言うテレナは追棋(アファト)がシェプルスキアよりも下手だった。それはやってきた時間の違いでもあるし、考え方の相性の違いでもある。

 

「それで、今の様子はどうなの?」

 

「もうすでに冬に向けて準備が進んでいるわよ。今度の冬は私とアニドが活躍するし、統合王国の各地の社交界でも一気に動き出す。少なくともそれまでに、盤面を決めないといけない」

 

「……最初に攻める側になるか、守る側になるか選ぶようなもの?」

 

シェプルスキアは追棋(アファト)の盤面を見ながら言う。この遊戯は陣棋(シャセ)とは異なり、最初から不平等な盤面ができている。だからこそ相手が持つ自分とは違う違う考え方を読み切る必要があるし、テレナが苦手とするものなのであった。

 

「そう。多くの貴族は自分たちの特権が剥がされ、当然のように享受していたささやかな楽しみが奪われることに猛反対するでしょう。でも、それが届かないようにしなくちゃいけない」

 

財務大臣の立場は意図的に隠されることになる。その命令の影響はあくまで間接的にしかでないし、あちこちで起こる貴族の「困窮」の原因があまり名前の知られない、社交界にも顔を出さない新しい財務大臣にあることを理解できる人は少ない。もし理解できるとしても、結社は既にそう言う人物を取り込む洗練された方法を持つようになっていた。

 

「父さんもさ、傭兵が会戦に勝つかどうかは戦場に着くずっと前、契約の前にはもう決まっているって言ってた」

 

「運命のような話ではなく、準備という話よね」

 

シェプルスキアはテレナに頷いた。

 

「だから、負けた時は仕方がないんだって」

 

そう言って、シェプルスキアは親友を励ますように笑った。

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