角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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幕間に休み信書を秘める 5

シェプルスキアは立ち止まり、扉を叩く。

 

「入っていいよ」

 

のんびりした声が部屋の中から響いた。扉を開けて部屋に入り込むと、シェプルスキアの一つ上の先輩であるネアが紙を持って椅子に座っていた。

 

「テレナたちは?」

 

「ヨルワ教授に呼び出されてる。だから私がお留守番なわけ」

 

「……そうですか」

 

そう言って、シェプルスキアは確かこの部屋にはあったはずだと引き出しの中を漁る。

 

「なにしてるの?」

 

「ネア先輩に陣棋(シャセ)を教わろうと思いまして」

 

「ちょっとまってね、これを読み終わっちゃうから」

 

ネアはそう言って紙をめくる指の速度を上げていく。彼女の頭の中では読み取った数字が次の数字のどのくらいの倍数か、全体に比べてどの程度かという直感的な計算が行われていた。

 

「それは何ですか?」

 

「セラベール報告第一草稿」

 

聞いたことのある響きだが誰だったか、という顔を見せるシェプルスキアをネアは見上げる。

 

「……最近就任した統合王国の財務大臣よ。これは国王に提出される予定の報告の概要ね」

 

「そんなものまでテレナたちは手紙でやり取りしているんだ……」

 

それがどのぐらい重要なものかは、シェプルスキアにもわかっていた。かつてイヴェリャン団の帳簿は複数人の参謀が見ている場所でなければ書き込めないものであったし、それは写しを取られていたとはいえ厳重に保管されていた。

 

確かに、一部の国や都市はそういった報告を出していた。しかしそれは債権を売るためであり、あるいは出資者を安心させるためのものであり、本来であればしなくていいことであった。

 

なにせ、帳簿を作るのは手間がかかる。略奪で得たものを懐にしまい込んだ指揮官が次の戦場でそれを使って火薬を買うことが珍しくないような場所で、正確な量の弾薬と食料を揃え、かつそれを報酬の金銭を用いて購入するとなれば一種の技芸が必要となる。イヴェリャン団には、それに長けた参謀もいた。逆に言えば、それに長けているだけで参謀の席を与えられるほどの技能なのだ。

 

「なかなか面白いわね。以前にこれより大雑把な見積もりを見せてもらったことがあるけど、それよりも状況は悪くなっている。一度破産すれば末端まで影響が届くのに半年、その反響に半年ってところかしら。一年もあれば王冠がすげ変わるか壊されるかするわよ」

 

ネアの見積もりに、シェプルスキアは訝しげな顔をした。

 

「なんでわかるのか、と言いたげね」

 

「そんなにあたしの顔ってわかりやすいですか?」

 

ふてくされながら駒を置いていくシェプルスキアに、ネアは笑う。

 

「シェプルスキアさんは、たぶん戦場では心を動かさないようにできるのでしょう。でも普段はあえて感情を顔を動かして表現しているように思えますわ」

 

そう言って、シェプルスキアよりも早くネアは駒を並べて対面の相手に先に打つよう促した。一般的に、陣棋(シャセ)は先手が有利な遊戯である。

 

「……よろしくお願いします」

 

「うん」

 

シェプルスキアの打った手を、ネアはすぐに返す。それを見てシェプルスキアは少し悩んで、また駒を動かした。

 

「ネア先輩に、聞きたいことがあったんです」

 

シェプルスキアは考えた手を打つと、ネアはそれを無視するように別の場所に駒を置く。

 

「なにかしら」

 

「ネア先輩は、この部屋で何をしたいんですか?」

 

教授室が並ぶ廊下の隅にあるこの部屋に入るためには、アニドとテレナが認める必要があった。それは協力者であったし、教授であったし、あるいは自分たちと同じ水準であると認めた指し手たちだった。

 

「私には目標はない……というのはさすがに言いすぎだけれども、テレナさんやアニドさんに比べれば小さなものよ」

 

「ティツン商会は……」

 

「長女とはいえ女性が、養子を平気で受け入れるようなあの商会を率いる一族の中でどの程度の力を持てると思う?」

 

「……ネア先輩なら、支配ぐらいできませんか?」

 

「面倒じゃないの」

 

そう言うネアが進めた弓は、シェプルスキアが悩んで進めた槌を追い詰めた。取られる直前まで気がつかなかったかつての自分よりは成長したな、と思うとともにそれを防げなかった自分にシェプルスキアは少し悔しくなった。

 

「……ネア先輩は、テレナの言う貴族とは違いますよね」

 

「ええ。果たすべき義務であるとか、力に伴う責任であるとか、そういったものを私は信じていない。強いものは弱いものから奪ってより強くなる。それはまず大前提になる」

 

ネアは言う。ティツン商会が取引する糸と布は膨大な量になる。新大陸の綿と色素、あるいは北側世界の羊毛に数は少ないものの総権国の毛皮。新しく独立した仕立て屋や問屋ができることもあるが、そう遠くないうちに彼らもティツン商会に組み込まれる。

 

北側世界において、ティツン商会は貿易でやり取りされる繊維分野の品物の多くを扱っていた。隣の村の羊の毛で編み物をするのでもない限り、大抵の服はティツン商会と何らかの関わりがある。

 

「でも、テレナがどうにかしようとしている市民の魂なんかとも、また違いますよね」

 

「そう。まあ貴族とは別の種類の邪悪よ、私は」

 

ネアはそう言うとともに駒を動かす。シェプルスキアに気が付かないように組んだ、よく知られた盤面だ。ただ、シェプルスキアはそれに気がついていないようにずっと駒の並びを見ている。

 

「……傭兵とかいう金で人を殺す仕事に、弱いものから奪って顧みもしない商人。他人を騙しても何も感じない貴族とか、本当に学院っていうのは怖いところだね」

 

「では、彼らがやっている仕事を手の綺麗な人たちに回せますか?」

 

「無理」

 

シェプルスキアは断言して駒を置く。ネアからすればそれは定番の手ではなかったが、少し対応に悩むものだった。直感的に動かした後で、それがあまり良いものではなかったと気がつくがネアには遅い。すぐにシェプルスキアは対応をしてくる。

 

「テレナさんたちがやろうとしているのは、全員の手を少しずつ汚そうというものなのよ。それを貫き通せるだけの覚悟が私にはないから、距離を置かせてもらっている。もちろん頼まれればそれなり程度には手伝うけどね」

 

「……ネア先輩の、言いたいことはわかりました」

 

シェプルスキアの置いた馬がネアの僧を討つ。駒の減った盤面は、シェプルスキアが明確に有利なものとなっていた。

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