角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

206 / 300
幕間に休み信書を秘める 6

冬の学院に向けて準備をしていたヨルワは、来客の前で教授室でこめかみを揉んでいた。

 

「なにか問題がありましたか?」

 

そう静かに言うのはここしばらく鍵のかかる部屋の中でやっていたことについて説明を終えた学生のテレナ。後ろには溜息を吐くアニドがいた。

 

「財務大臣の話、私にさえ話が回ってきているのよ?」

 

「すごいですよね彼、もうここまで嫌われるとは」

 

いくつかの分野での増税と教会税の整備、そして請負人制度の縮小を含む新しい案は既に統合王国の貴族を騒がせるのに十分であった。貴族に対する直接の課税は法律で認められないと定められているが、彼らぐらいしか買わないようなものについて税金をかけることは禁じられてはいない。

 

「とはいえ、彼に手を出せないのはわかるわ。これに対して声を上げている本当に有力な貴族はいない。……あなたがたがやったの?」

 

「私やアニド君は、あくまでそれができる人同士を繋いだだけです」

 

「それをできるのは一流の社交者なのよ。私でもできなかった」

 

ヨルワは、それは老人の僻みだと理解していた。手紙で人を動かす事ができればどれだけいいかと思うことはあったが、本当に動かせるとは思っていなかった。彼らのやっていることは、あとからであれば理解できる。対立する派閥が対話できる口実を作り出しているだけだ。

 

ただ、そのために必要なものは膨大なはずだった。数十の集団を分析し、数百人の人物を覚え、数千通の手紙を書かねばならないのだ。社交界であれば一つ声を掛けるだけでも、手紙となれば手間は一気に膨らむ。

 

しかし、学院の一角にある鍵のかかった部屋の中で彼らはそれをやってのけた。社交界の噂を聞くヨルワの耳に直接アニドの名が入ることはなかったが、それでも動きがあることはヨルワの立場でも読み取れた。社交界を離れて久しい人物でさえそうなのだから、彼らの影響はかなり大きいものになっているとヨルワは考えていた。

 

「そして冬の社交界に、彼を出しません。余計な介入をされないようにしたいので、彼には学院に来てもらいます。……という話がある程度来ているので大きめの会合が起きそうなんですよね」

 

そう言ってテレナは名簿を出した。財務分野に詳しいとは言えないヨルワでさえ知っているような人物が並んでいた。冷海同盟の有名な銀行家、あるいは同君地域の鉱山で知られる一族。彼らの富を合わせれば同君地域内の邦をいくつか買得るのではないかと思えるような名前が並んでいた。

 

彼らと財務大臣を合わせると言う名目で、声だけは大きい人から距離を取る。そしてそういう貴族は、実際に仕事をしている人を知らないのだ。もし知って家の力を使って脅したとしても、それ自体が弱みとなるように財務大臣の下にいる実務者たちは準備をしていた。

 

「……学院は、これに対応できるか怪しいわよ」

 

来客を迎えるには、それなりの格式が必要だった。確かにここに名前を並べる人々は、王のように旅のために多くの従者を必要とする立場というわけではない。しかし、下手をすればそこらの王以上の力を持っているのであった。

 

「そのあたりはまあ、来たほうが悪いということで。近くのケラフェツにはここよりもいい宿はあるでしょうし……」

 

ヨルワは息を吐いた。色々と面倒事を押し付けられるのは大人なのだ。そう考えれば、学生たちは上手くやっている。それぐらいのことをするのは自分たちの仕事だ、と彼女は覚悟を決めた。

 

「あの部屋にいる人は、冬の学院で働いてもらうわよ」

 

「ネア先輩にも一応言っておきますよ」

 

「というより彼女の家の格でないと話もしにくいのよ……」

 

ヨルワは様々な問題が起こるだろうと考えていた。何人か知り合いに頼ることにもなるだろう。学院の卒業生たちの力を借りることにもなるだろう。ただ、その面倒事で学院が戦火に巻き込まれずに済むならそれで良いのだ。

 

既にテレナが書いた様々な文章を中心に教授たちは学院が巻き込まれる可能性を真剣に検討するようになっていた。既に学院の名義でハッヘンヴルト家への伺いも行っている。軍事分野を担当するヴィンサートは、本格的な補修と防衛強化を開始していた。

 

学院側がどのような立場で冬の来客を迎えるかは、この後に起こるだろう混乱で学院がどこに経つかを決定してしまう。テレナやアニドはそれをわかっていて、できるだけの情報とともにヨルワに選択を委ねた。

 

「第一学年の学生の中で、冬の学院で手伝いとして動かせるだけの人物もまとめています。あの部屋に入れたいほどの人物はいませんでしたが、家柄と得意な分野を見れば最低限の仕事はこなせるかと」

 

そう言ってテレナが渡した紙にヨルワは目を通す。一応は授業を持っているはずだが、それでも知らなかったような情報がいくつか混じっていた。そしてその多くは、実際にヨルワがお願いをしようかと思っていた人たちであった。

 

「……テレナさん、アニドさん。時期としては遠いように思いますが、時が過ぎ去るのは一瞬です。私は私の方で忙しいので、学生たちの取りまとめをお願いできますか?」

 

「……シェプルスキアにそれができるよう叩き込めばいいですか?」

 

テレナは言う。テレナやアニドはそういった事ができないわけではないが、後輩や同級生に深く信頼されているかと言えば怪しい。二人ともどこか人とは距離を取るようなところがあり、個人的付き合いや友情を育むことは得意ではなかった。手紙の上であればなんとかなるし、社交の場でも取り繕うことはできる。しかし、細かな指示をするとなればシェプルスキアのほうが得意なのは間違いなかった。

 

「そうね。なら、そこは二人に任せる。あと月に二回行われる教授会議で冬の議題が出る時は呼ぶから出席すること。これは教授としての命令」

 

そう言われたアニドは、テレナとともに頷く。命令とまで言われたのであれば、色々と都合もいいのだ。少なくとも何かの予定から逃げるためには使える。

 

「じゃあ、統合王国から来る人についてアニド君説明お願い。個人的な話になるだろうし、私よりも上手く話せるだろうから」

 

「はいはい」

 

アニドはまた別の紙をヨルワ教授に渡して説明を始めた。鍵のかかる部屋から作った人脈は有意義なものではあるが、かつて統合王国で指折りの邸宅社交界を築いた人物の持つ知識もまた同じように重要なのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。