角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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幕間に休み信書を秘める 7

「テレナさん」

 

食堂の料理の味付けが好みだったテレナは、隣から声をかけられた。

 

「……テアリアさん、今私はちょっと珍しい風味に驚いているのですが」

 

ナイフとフォークから手を離さないままテレナは言う。声の主である同級生からの話は、面倒なことになるかもしれないというのがテレナの直感だった。

 

「その香草なら食べたことあるから後で詳しいこと教えてあげるわよ。そうじゃなくてちょっと聞きたいことが」

 

「なんですか?」

 

臭みの少ない魚を切り分けるのをやめて、テレナは隣りに座ったテアリアに視線を向ける。

 

「……ファーネスタ様が、学院に来るって本当?」

 

「あー、会いたい?」

 

テレナは唐突にも見える速度で笑顔を浮かべた。

 

「……もしそうなら、すれ違いになるといけないと思って。もちろん向こうの社交界で教会にいるはずのファーネスタ様と会えるとは思っていなかったけれども」

 

「いやぁちょうどいいところに来ましたね、冬の間の学院の色々なことに手を貸してくれる学生が欲しいところだったんですよ、テアリアさんだったら安心して紹介できます」

 

「……例の悪巧みの関係?」

 

「今、修女ファーネスタが対応している問題の関係ですね。侍女役としてならテアリアさんで格は足りるかな……」

 

テレナはそう言いながら、あまり言葉にされていない統合王国の社交規範を教本的に考えていた。とはいえ、学院という場所であれば過度に統合王国の基準に寄った社交すら意味を持ってしまうこともある。学院側の立場が統合王国の文化を尊重するのか、あるいはそれから距離を取っているのかを相手が勝手に読み取ってしまうのだ。

 

「そのあたりは、一応は伯爵の娘としてしっかりやってるはずよ。どこぞの田舎伯爵とは違うの」

 

「それは間違いないですけど」

 

テレナにあっさり流され、テアリアは当てが外れたような顔をした。とはいえテレナにとっては別にその程度は皮肉でもなんでもなかったし、聖座側から来る人たちの対応をすることのできる人物が一人増えて喜んでいた。

 

「……でも、冬の学院って何してるの?よく知らないけど」

 

「本当に色々よ。基本的には統合王国、冷海同盟、そして同君地域の人が集まる様々な会合が行われているけど、学院の卒業生が絡むものはやはり多いわね。修女ファーネスタがこちらに来るのも監僧総代理の付添みたいなところがあったはず」

 

まだ俗世を離れてからそう時間の経っていないファーネスタが来るというのは、テレナやアニドがあまり予想していないことではあった。しかし手紙をやり取りしていたリュクバーンの弟子の一人が、アニドにそういう噂を流していた。

 

少なくとも今の時点で、彼女が実務を担当しているとは言い難い。地方の教会を巡り、調査を行う監僧総代理の助手となっているはずであった。

 

「その人のことなら手紙に書いてありました」

 

「どういう人だって?」

 

「……笑顔が怖くて、声の大きい人らしいです」

 

「私の調べだとそういうのはわからなかったわね、参考になる」

 

「……テレナさんは、彼のことをどう聞いているのですか?」

 

「凄腕の元代訴人よ」

 

統合王国において、代訴人は難しい職業であると言われていた。様々な法の知識、雇われる相手を選ぶ力、そして費用の確保。しかしながら、一握りの人間はそれでもなお成功を掴む。

 

彼はそうして名を揚げたものの、あくまで平民であった。彼は成功の裏で多くの借金を重ね、裁判に勝ってそれを返済するということを繰り返していた。そしてある時、彼は教会の門をたたき、僧となった。

 

そこからしばらく、彼の名前は消える。次に現れるのはここ最近、フェルヴァジュ管区のとある地区において監僧総代理として任命されたときだ。そして彼は、フェルヴァジュ管区と聖座から公的な委任状を手に入れていた。すなわち、管区における問題の調査権限である。

 

アニドが手紙をやり取りしている購官貴族の中には、知識によって裁判官としての職を買い取ったものもいた。彼らにとって新しい監僧総代理の名前は懐かしいものであり、そしてその弁舌の刃が自分たちに向かないとわかって安堵するほどのものだったのだ。

 

「……ファーネスタ様は、大丈夫でしょうか」

 

「まあ、色々振り回されるのも成長には必要よ。それに将来的に彼女が何かをするなら、法律と腐敗の問題はついて回る。その解決方法を間近で見られるいい機会を彼女は得られた、と考えられない?」

 

「そうかも……しれませんね。ファーネスタ様にお会いできたら、そういう話もしないと」

 

「じゃあお父上に冬は学院にいますって手紙書いておいてくださいね。多分彼はこっちに来れないと思うので」

 

「……お父様について知っているの?」

 

「最近のテワドレーム公爵は信頼できる部下が足りていないようで、テアリアさんのお父上がなんか便利に地方のあちこちに行かされているように見えるのよね」

 

テアリアの父は地方派の中でも有力貴族であるテワドレーム公爵から地方の領地の管理を任されている人物であった。そのはずだが、テレナやアニドの手紙から見える情報を組み合わせるにどうやら相当面倒な仕事を回されているように見えた。少なくとも、冬の間はあちこちの社交界で話をまとめなければならなくなるだろう。

 

その理由の一つは、婚約破棄事件で、あるいはフェルヴァジュ管区の問題との過程で地方派が一気に手に入れたことにあった。

 

婚約破棄事件において、王は個人的にという形でいくつかの屋敷をテワドレーム公爵の管轄下に移した。また、肥大化したフェルヴァジュ管区の整理のために各地の修道院や救貧院が王室からより現場に近い地方の領主の下に置かれるようになった。

 

もちろん、これは短期的には地方派の負担を増やすものである。屋敷を維持するためには多くの資金が必要となるし、修道院は自給自足をなんとかできるとしても救貧院には多くの富が吸い込まれる。それでもなお、地方派はそれを育て、力にする道を選んだ。

 

「……父上に送る手紙に、書くといいことってありますか?」

 

テアリアはテレナに聞いたが、テレナは少し悩んで小さく首を振った。

 

「政治的なことについては、あまりない。ただ、娘からの心が籠もった手紙というのは、大抵の父親にとって心の支えになることは珍しくないはずよ」

 

「……わかりました」

 

テアリアはそう言って、少しでもいい紙を学院の中でどうやったら手に入れることができるかを考えていた。

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