「冬に、どう動くかよね」
テレナは手元の紙を見ながら壁に貼った地図の文字を書き直し、糸を張り替える。勢力関係はもはや古い四派閥では説明できないようになってしまっていた。
「社交界ではそろそろ影響が出るからな。短期間なら貯めた金で回せるだろうが、贅沢品への税金は地味に効くはずだ」
アニドはそう言いながら名前だけは知っている知人から送られた苦情混じりの手紙を読んでいた。王室派の貴族の中でも冴えないやつだったが、よくまあ自分のことを見つけたものだとアニドは考えていた。
「で、その差出人の苦情は?」
「もとより金が無いところにさらに請負人から外されたことで収入も、ってことだ。まあもとより金が無いのに請負人なんてやる危ないやつではあったんだがな」
「なら悪くないじゃないの。そう説いてあげれば?」
「それで納得するならこんな悩んでいないさ、読んでないことにして暖炉に放り込みたいところだが」
「確かにそろそろ冷えてきたわね、雪が降るほどではないけれど」
季節は秋から冬に入ろうとしていた。ある意味では、この秋期の間には大きなことは起こらなかった。淡々と授業が進み、多くの手紙を書き、そして統合王国が静かに動き始めていた。
「……一旦整理しよう。テレナ嬢、動きはいくつある?」
「動いているのは三つ。四派閥の再編のせいでわかりにくいけど、概ね固守閥と破壊閥と、そして妥協閥ね」
「ひどい名前の付け方だな」
アニドはそう言って苦笑いを浮かべた。
「あと一つあるけど」
「三つと言ってなかったか?」
「動いているのは、ね。動いていない怠惰閥がいるわ」
「もっと酷いな」
アニドは乾いた笑い共に言った。
「まず固守閥。王室派や地方派の潮流が読めている人はこちらに入るとおもう。特に有力な人物であれば王室派のラストゥイル公爵と、地方派のテワドレーム公爵ね」
「馴染みの顔だな」
「わざわざ学院まで足を運んでくださるのはありがたいけれどもね。基本的に今の統合王国という体制から大きな利益を得ていて、それを崩すことを良しとしない人々」
「で、破壊閥っていうのが結社か」
「それに限らないけれどもね。彼らは王室や王制の廃止、貴族特権の撤廃あるいは貴族制度そのものの解体を訴えている。具体的に誰、と言える中心人物は……せいぜいウィルトールぐらいかしらね。とはいえ彼は今影響を与えていないはずだから、首のない亡霊みたいなものだけど」
「そこに俺達が首をつけているんだがな」
「で、最後が妥協閥。つまりここから送られる手紙で繋がった人々。代表人物は……財務大臣のセラベール卿でいいかしら?」
「いいんじゃないか?」
「この閥も顔がないのよね。私たちはあくまでぼんやりとした方針を示したりすることはあるし、繋がりは作るけどそれ以上はない」
「それを言えば固守閥にもそんなものはないぞ」
「まあ、そうね。……そして、一番の問題が怠惰閥」
テレナが名前を書き上げる必要がないと判断した、統合王国における貴族の大半。テレナから見れば、彼らはどうせ同じような、そして面倒な行動をする一つの派閥を構成しているようなものだった。
「とはいえそろそろ切り崩しが始まるだろ、そろそろ質じゃなくて量が重要になってくる盤面だ」
アニドは破壊閥が何らかの形で勝利を得ることは間違いないと考えていたし、その場合には選挙が採用されるだろうというところまで読んでいた。その時に役立つのは人の数であり、つまりどれだけの人を巻き込んだかということになる。そう言う視点で見れば、怠惰閥というのはちょっとした報酬で票を投じる人々と見ることもできるのだった。
「そういうものかしらね。とはいえ準備が早すぎる気はしないでもないけど」
貴族とは領民を統治するものであり、領民の多くは農村にいる。すなわちその活動は本来は年単位で動くはずなのだ。しかし、テレナやアニドが教授室の隅にあった鍵のかかる部屋を使うようになってからまだ一年も経っていない。
「それだけ焦燥感を抱いていたやつらが多いんだろ、もう少し早く動けってんだ」
「とはいえ私たちがこういう事し始めたのはルメン・デリロスの事件あってこそよ」
「まあそうなんだが……」
そう言って、アニドは目を何回かしばたかせた。
「そういえば、あいつはどうしているんだ?」
「噂にあまり出ないわよね。となると可能性は三つ?」
「聖座というかフェルヴァジュ管区が隠し込んでいる、あるいは既に発言ができる状態にない、はたまた……」
「我々以上に影で動いている、というもの。正直リュクバーン相手だとこれが無視できないのが怖い」
「このあたりは聖座から来るやつらから冬のうちに確認しておく必要もあるな」
「別に私たちにとってリュクバーンは敵でも味方でもなし、彼にとって統合王国はどうなってもいいように準備しているわけだかからね」
「とはいえ積極的に敵に回したくはないし、俺たちを向こうが敵とみなすのもしばらくはないだろうが……」
「一応向こうのやりたいことに合わせて聖座の改革の補助をしてあげたわけだからね」
「相手がリュクバーンでなければ恨まれて刺客を送り込んでくるぐらいだがな」
「話がわかる人がそれなりにいて助かっているのは間違いないわね」
テレナは改めて地図を見る。実際のところ、テレナが動きを把握し、アニドが手紙をやり取りしている相手は統合王国の貴族の人数からすれば本当に僅かに過ぎない。しかしそれでも、適切な場所に適切な話を持ち込めばそれなりに動かすことはできてしまうのだ。
家庭教師だったウィルトールが知ったら欺瞞についてまた話すんだろうな、と考えてテレナは小さく笑った。今の状況は、欺瞞を積み重ねてできている。仕事をする貴族はほとんどおらず、苦情を訴える市民とやらも本当に文句を言うべき人を理解していない。適切に同情を示されるように訴えれば、動く人は少なくないはずなのだ。
ただ、多くの人は動かない。それを怠惰の一言で説明するのは容易だが、実際にはもう少し複雑な背景があった。しかし彼らは別にその場の雰囲気に合わせているだけに過ぎない。もし王を吊るすべきだと主張する人が半数を超えれば、その頃には彼らもそう言っているだろう。
とはいえ、テレナには彼らが意見を変える前に吊るされるのではないかと考えていた。それはありえないわけではなかったし、実際のところそのほうが解決に向かう問題がないわけでもなかった。