角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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幕間に休み信書を秘める 9

「……ヴィンサート教授」

 

銃を担いだシェプルスキアは、隣に立って射撃訓練を見ていた教授に声を掛けた。

 

「何だね、シェプルスキア嬢」

 

「話を理解してくれる兵って、あんなに楽なんですか?」

 

シェプルスキアは驚いた顔で言った。

 

「そうだろう、儂は学院で朽ちるつもりであるからいいが、これに慣れた指揮官は辛いだろう」

 

そう言ってヴィンサートはよく響く声で笑う。

 

「冬の学院が、迫っていますよね」

 

「そうだな、去年以上の防備をしておくようにと言われてはいるが、まあ見るものが見れば限界があるとわかるような有り様だ」

 

「あたしでも難しいので本当に戦場に親しい人じゃないと無理だと思いますけど」

 

「敵の練度を侮るな、というのは指揮官の基本じゃあないかね?」

 

「過剰な備えは兵の指揮を削ります。全てに対応できるわけではないのですから、どうしてもできないことはできないって考えたほうがいいと思いますよ」

 

「ふむ、それもそうか。ところで、シェプルスキア嬢は何の指揮を?」

 

「第一学年から何人か、冬の学院の真っ当な手伝いのために規律を仕込んでいました」

 

「東方の傭兵団仕込み、か」

 

「いえ、テレナやアニドから色々聞いたやり方ですけど」

 

「なるほど、それはまた難しい方法だろうな」

 

ヴィンサートは、自分がまだかつての同僚たちと比べて何かを教えるのに向いている方だとわかっていた。騎士団領で部下から慕われるように動くにはどうすればいいかを、行動ではなく言葉で説明できる人は少なかった。

 

その彼を持ってしても、学院が積み重ねてきた教育の方法は馴染のないものだった。彼なりにそれを取り入れ、実践的にしようとはしているが学生からは戦場帰りの老将軍のやり方と恐れられていた。とはいえ、そのように恐れられることすらヴィンサートは織り込んでいたのだが。

 

「それでも、話をちゃんと聞いてくれて、文字が読めて、わかんないことがあったら質問してくれるんですよ……」

 

「シェプルスキア嬢が得意なのはむしろそういう小さな集団の統制ではないかね?」

 

「みんな顔なじみで、あたしが小さい頃からの知り合いとかならいいんです。ちゃんと話したのが初めてみたいな人でも、ちゃんと話して頼んだことをやってくれるのってすごくて……」

 

「将校学校で教養に力を入れたり、あるいは各地で基礎学校に力が入れられる理由はそれだ」

 

「やっぱり実感でわかるのって大事ですね」

 

「血を流さずに済むなら、尚更だな」

 

ヴィンサートは笑って言う。

 

「……それで、一人で撃つ銃はどうだ?」

 

「やっぱり手間がかかるのと、弾丸を込めている間に相手を見失いそうです。テレナがいつでもいるわけじゃないっていうのはわかっていますけど、できるだけいてほしい」

 

「他の学生では無理かね?」

 

ヴィンサートに言われ、シェプルスキアは首を振った。シェプルスキアについてよく理解し、彼女がわかるように狙うべき相手の場所を説明できるだけの思考の速さを持つのは、学院の中ではテレナぐらいしかいなさそうであった。

 

「そうか。まあ仕方あるまい。一つの剣に全てを賭けるというほどでもないからな」

 

「あたし以外に何を用意しているんですか?」

 

シェプルスキアは問いかける。学院は色々と防衛準備を整えていたが、それはどうしても教育のための施設としての枠の中にあった。火薬が離れの倉庫に多めに用意されるようになり、壁の穴が補修され、銃の数が少し増え、砲が練習用という名目で一つ増えてはいたが、その程度であった。いきなり籠城戦をしろと言われて、耐えきれる保証はなかった。

 

「色々と、な。騎士団領の将軍というのは色々と持っているものなのだよ」

 

「あー、指揮官ってそのあたり下手だとすぐ後ろから弾丸飛んできますものね」

 

「補給物資が無くなって現地で無理に買い付ける事になったのは辛かったな」

 

「買い付けるって形になっただけいいじゃないですか、イヴェリャン団なんて後払いですよ」

 

「ちゃんと払ったという話は聞いているぞ、あれは我々の中でも話題になった」

 

かつてのイヴェリャン団が摘発をした村相手に借用証書を書いたという逸話は、軍隊がいかにあるべきかという問いを騎士団領の中で生んでいた。

 

軍は民を守るためにある、という名分はある。騎士団領はかつて巡礼者を護衛し、傷ついたものを癒やすために聖座より認められた組織だ。少なくない時間が流れ、その意思はかなり形骸化し、軍のための軍となった今なお、彼らは民のためにという事を忘れてはいなかった。

 

しかし、その民とはどこまでを含むべきなのかというのは難しかった。例えば敵国の民衆を虐殺することは許されないのなら、摘発に逆らった村人を見せしめに罰するのはどうなのだろうか?あるいは逗留した村において、仕事を手伝う引き換えとして農作物をわけてもらうという形で行動すればそれは許容されるのだろうか?

 

騎士団領が冷海同盟という法と契約を守る集団に属していたことも、これを複雑にした。大宗派戦争後に結ばれた条約の解釈は、今なお問題になっていた。またその後積み上げられた戦争と講和の過程で得られた条文は、規範としてある程度認められるようになってはいたものの絶対的な力を持っているわけではなかった。

 

「戦争の法、難しいんですよね……。授業でやってはいるんですけど、あれって結局は戦争が終わったあとの話じゃないですか」

 

「勝ってしまえば大抵の蛮行は許容されるものだからな」

 

「それに、たとえ周囲からやめろと言われたところでやめさせる方法はないわけですし。結局力があるものが勝っちゃうんですよ」

 

シェプルスキアは、テレナやアニドが武力なしに国家のあり方を変えようとしているのを見ていた。しかしそれはシェプルスキアにとっては、別種の力を持っていると言うだけであった。かつて剣が主流だった戦場が銃に変わっていったように、武力が主流だった力が別のものに変わっていっているというのだ。

 

ただ、それでもシェプルスキアは剣の力を信じていた。最終的には歩兵は剣か、さもなくば槍を振りかざしていかねばならない。いかなる力も、相手の命を奪う暴力に担保されていなければ無力なのだ、というのがシェプルスキアがおぼろげながら掴んでいたものだった。

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