角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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幕間に休み信書を秘める 10

今までにないほど、学院には学生が残ったまま冬が来ようとしていた。

 

シェプルスキアの指示の下で、てきぱきと教室の準備が進められていく。銀食器は磨き上げられ、蝋燭が数えられ、印刷物が並べられる。もちろん、学院の印刷室も忙しくなっていた。

 

「……戦場ね」

 

テレナはちらりと覗いた印刷室の扉を閉じる。

 

「親方の知り合いの職人から若いのを一人、冬の間呼んだんだって」

 

シェプルスキアが言う。忙しさから来る高揚感が、彼女の顔に指揮官らしい不敵な笑みを浮かべさせていた。

 

「あとは学生たちも動かすわけだから……人数は足りている?」

 

テレナは言う。本来なら戦力に入るはずの何人かか、鍵のかかる部屋の中で作業中だ。決定した名簿と予定表をもとに、いつまでに誰と接触し、どういう話を持ちかけるべきかを整理している。もちろん、それは完璧な作戦ではない。

 

「なんとかなる。というかテレナたちが上手くやってくれなかったら、こっちの準備が無駄になるんだから」

 

「……陽動みたいなこと、シェプにさせて本当にごめん」

 

「知ってる?陽動っていうのは本当に強い部隊でないとできないんだよ。あれが主力だって相手に勘違いさせなくちゃいけないし、それをやり切るだけの統率が必要」

 

「……そうなるとこっちが陽動かも」

 

「そうすると陽動じゃないかな、別働隊かも」

 

「相手が正面からぶつかっている時に、後ろから切り崩すみたいな?」

 

「そんな感じ。こういうのって本当に色々あるからさ。前はテレナに読んでもらってたけど自分で読めるようになって少しだけわかってきた」

 

そう言われて、最近シェプルスキアに本を読んでいなとテレナは考えていた。喉を酷使するしじれったいしでテレナ自身はあまり好きではないつもりであったが、それでもやらないとなるとどこか寂しさはあるのだった。

 

「……そういう知識、役に立たないといいわよね」

 

「テレナだって役立ってほしくない知識は多いでしょ、飢饉の対策とか破産の手続きとか」

 

「破産については領地がそうなること実はあまりないのよね、その前に色々と手が回されるし、うちだったらたぶんハッヘンヴルト家が嫁をつけてくれる」

 

「……そういう家なの?」

 

シェプルスキアの質問にテレナは頷く。

 

「あれ、シェプルスキアはハッヘンヴルト家ってあまりやってない?」

 

「軍事的に重要そうじゃないってのが理由かな、もちろん気にはしているけど」

 

「確かにそうなるのはわかる、政治的に見ても正直あれを扱い切るのは難しいのよね……」

 

そう言って、テレナは書籍に乗っているような話をしていく。かつての神聖連邦時代、聖冠の皇帝は直接的に大支配地(イルパティム)から受け継がれた地位とされていた。もちろん最初の聖冠が崩壊して分裂した大支配地(イルパティム)の一地域を統一した時には大支配地(イルパティム)という制度はほぼ消え失せていたのだが、聖座がかろうじてその後継であると主張できなくもない正当性を有していた。

 

「……つまり、ハッヘンヴルト家って大支配地(イルパティム)の皇帝なの?」

 

「あくまで今のハッヘンヴルト家は神聖なる冠の守護者よ、そのあたり間違えると聖冠継承戦争のあたりになる」

 

「あーそっか、大宗派戦争で神聖連邦がなくなったのにまだ聖冠を持っていて皇帝っぽく振る舞うなってことだったよね、あれ」

 

「あくまでそういう口実で戦争が起こった、というだけだけどね。だからハッヘンヴルト家は冠を戴かない。同君地域というのも、正確な呼び方ではないのよ」

 

「でも、それが一番実態に近いんでしょ?」

 

テレナは頷く。確かに地図上では、その地域は細かな諸邦に分割されている。しかし実質的にその地域を慣習的に支配するのは千年近くにわたって積み上げられてきた聖冠の威光であり、今なお冠の宝玉の輝きを疑うものはいない。

 

「そして統合王国の問題は、ハッヘンヴルト家が動き出す条件になる」

 

「……前にも言ってたかもしれないけどさ、ハッヘンヴルト家をどうにかはできないの?」

 

「考えなかったわけではないけど、それでも統合王国のほうが動かしやすいのよ。私たちが使ったような手法は、ハッヘンヴルト家には使えない」

 

「実際に動いている人に手紙を送るってやつ?」

 

「その通り。面白いことに、これは同君地域では手紙が社交の主流だからというのもあるわね」

 

テレナの言葉に、シェプルスキアは首を傾げる。

 

「……社交界の噂が当てにならないのよ。私たちがやろうとしていることを、誰もがもう少しうまくやっている。だから私たちが入り込む余地がない」

 

「なるほど」

 

「もちろん手紙は送ってないわけじゃないんだけれども、例えばハッヘンヴルト家の統合王国への攻撃を止められる人物が実際にいるかどうかすら怪しいのよね……」

 

「でもさ、冷海同盟相手には一緒に戦ったりするよね?」

 

「あれも統合王国の地方の軍と同君地域内の伯爵領とかが組んで冷海同盟の雇った傭兵と国境争いしているようなものよ、それで勝てば利益の分配で揉めるし、負ければ責任の押し付け合いで揉める」

 

「めんどくさいね」

 

「そうなのよ、そして学院のあるここは、統合王国と同君地域が正面から衝突しない限りは戦火に巻き込まれないはずの場所として選ばれたところもある。実際のところ国境近くで線を川のどっち側に引くかみたいな争いは何回かあったし、その中で学院の近くが影響を受けたことがないわけでもない」

 

学院の図書室には、そういった資料もそれなりにあった。幸いなことにかつての学生が卒業試験のために書いた論文の中に、学院がいかにして戦争に巻き込まれるかを論じたものもあった。

 

もちろん、それが書かれた時代と今は異なる。それに、後世のテレナの目から見ればいくつかの問題がある論考となっていた。それでもテレナが考えていなかった要素がいくつもあったし、それを土台にすればヴィンサートのような人物であればより具体的な対策を練ることもできるようになっていた。

 

その上で、テレナは概ね結論を出していた。統合王国の崩壊が間違いないとなった時点からおよそ一年後に、ハッヘンヴルト家の旗の下に集った軍が国境へと押し寄せる。その時に統合王国の体制が整っていなければ、学院は巻き込まれることになるのだ。

 

そのため、テレナたちの目標は明確に定まることになる。避けられないと思われる変化の後に、ハッヘンヴルト家が手を出すのをためらうほどまでに統合王国を一年以内で立て直せるようにしなければならないのだ。

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