「お久しぶりですな、シェプルスキア女領主閣下」
毛皮の帽子を取って例をする男は、一人でいるシェプルスキアが顔を合わせたくない相手であった。少なくともテレナはできるだけ自分が相手をするからと言われている人物だった。
「……こんにちは、ガロテーエン卿」
「こうやってしっかりお話するのは初めてですな」
「そうですね」
シェプルスキアは笑顔を浮かべながら、眼の前の相手の雰囲気を掴む。テレナであれば言葉で行うような分析を、シェプルスキアは直感を通して把握することができる。
流暢な統合王国語を話す総権国の外交官。今の彼の服装は、少し総権国風のものに寄せられているようにシェプルスキアには見えた。
「そういえば、テレナ嬢はお元気ですかな」
「はい。学生としてよく学んでいます。確かガロテーエン卿の娘さんもそろそろ入学でしたよね?」
テレナが以前聞いていたことをシェプルスキアは思い出していた。一応気になったテレナはその新入生候補について調べてはいたが、あまり詳しい話を集められてはいなかった。
だからこそ、シェプルスキアはここでその相手の情報を掴もうと考えていた。もしうまくやれれば、テレナやシェプルスキア、あるいはアニドが卒業したあとの鍵のかかる部屋を任せるに足る人が手に入るかもしれなかった。もちろん、彼女が総権国の立場で動く分を加味する必要があるが。
「そうですな。シェプルスキア嬢とは短い付き合いとなるかもしれませぬが」
「一年あれば、人は変わりうるものです」
「それは恐ろしいですな」
ガロテーエンは笑い、シェプルスキアも笑った。正直なところ、シェプルスキアは自分の言葉にどこまで裏の意味を込められているかはわかっていなかった。
ただ、相手が油断ならないことは理解できた。短い会話でも、シェプルスキアは少し疲れを感じていた。
「……統合王国ですが、色々と我々は噂を集めていましてな」
「そうなのですか」
シェプルスキアは感情を出さない。あくまで聞き役に回るだけだ。
「確かシェプルスキア嬢の同学年でしたかな、アニドという学生は」
「アニド君ですか?あのちょっとどこか自分が賢いみたいな顔をしている男子ですよね?」
シェプルスキアは、この時点で総権国がアニドまで辿っていることを理解した。だからこそ、少しずれたことを言った。シェプルスキアはアニドとは仲が悪いわけではないが、テレナほど親密な付き合いがあるわけではない。
だから、アニドの悪い面を語ることに躊躇はなかった。それでシェプルスキアとアニドが繋がっていないと考えられたのなら、それはシェプルスキア側の有利な点になる。後はテレナがその優位をどうにでも使ってくれるだろう、というのが彼女の作戦だった。
「その男子が、今や統合王国を操っているとしたらどう思うかね」
「んー、でもあたしと彼はただの同学年ですからね。彼ってそんな事できる立場にありましたっけ?」
「知らないのかシェプルスキア嬢、彼はフェルヴァジュ統合王国王室の一人だぞ?」
「あたしは友人がわざわざ語らないことを聞き出そうとしないので」
「……なるほど、それは信頼を得る良い心がけだ。難しいものではあるが、それを突き通すこともまた強さでしょうな」
ガロテーエンは眼の前の相手を測りかねていた。彼女が傭兵団を率い、彼も知る将軍を討ったことは知っている。参謀天幕なる組織の言いなりではなく、有能な参謀たちに進むべき方向を示した上で、彼らが示した進み方に従うだけの自己の技量への理解があることも知っていた。
ただ、ガロテーエンは彼女のそばにテレナという人物がいることを知っていた。少し話しただけで理解させられるほどの知性を持った彼女が、アニドと組んでいる可能性は否定できない。この冬のガロテーエンは、アニドの周囲と背後に誰がいるのかを掴むことを第一の目標としていた。
そしてそれは、シェプルスキアからは得られなさそうだというのがガロテーエンの直感だった。彼女は何かを知っているかもしれない。詳しい会話をすれば、それを漏らすかもしれない。ただ、その間に得られる他の情報の中から何かを見つけ出すのは苦労しそうであった。
「強さについては、よく考えさせられます。特に学院に来てからは、武力がいかに無力で、しかしいかに不可欠かを多く学びました」
「そうか、ここも砦でしたな」
ガロテーエンは廊下の天井を見上げて言う。石造りで頑丈な通路は、少数の部隊で大きな敵を食い止めることができるものだ。頑丈な構造は、高い場所から一方的に地面の上の相手を狙うことを可能にする。彼の目には、昨年よりも一昨年よりも強化されていた学院の建造物が見えていた。
「ガロテーエン卿は、争いの場に娘さんを送ることにためらいはないのですか?」
それはシェプルスキアにとっては挑発的な質問というよりも、純粋な心配であった。学院に来るのであれば、学院が何のための場所なのかを知っていたほうがいい。もしシェプルスキアにその力がなければ、テアリアからの挑発に無言で耐えるしかなかっただろう。もちろん東方流の警告をしたことが最善手であったとは今では思えなかったが、それでも悪手ではないと考えられるようになっていた。
「……人生とは、争いだ。よりよい場所に行くためには、多くの努力をしなければならない。私は娘を生まれつきの貴族にさせることはできなかったし、娘が貴族になるとも限らない。しかし、彼女がもし貴族となるのを望んだ時に、それを叶えるだけの力を与えてやりたいと思っている」
ガロテーエンの語る貴族は統合王国のものとも、あるいはシェプルスキアのよく知る共和王冠国のものとも異なっていた。それは総権国という国家に貢献するものに与えられる称号であった。それは必ずしも血のみで手に入れるものではなく、高い壁はあろうとも新しい貴族の家を作ることができる可能性を明確に示したものだった。
「だとしたら、学院はいい学びの場となると思います。自分だけが指し手ではなく、そして自分が最上の指し手ではないということをよく学べますから」
シェプルスキアは、自分の強みを超える人に学院で出会ったわけではなかった。しかし、自分の弱みを理解し、それを補強してくれる友人を得ることができたのだった。