角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暖炉の側に議題は積もる 8

「……わからんことが多い」

 

鍵のかかった部屋の中で、長椅子に埋もれるような状態で横になりながらアニドが言う。

 

「どういうこと?」

 

シェプルスキアは首を傾げた。

 

「テレナ嬢から聞いてないのか?」

 

「話はしてるけどさ、アニド君側の視点も聞きたくて」

 

「……まあ、指揮官としての良い心がけではあるな」

 

そう言ってアニドはゆっくりと身体を起こして、長椅子に腰掛けた。

 

「シェプルスキア嬢。俺達が繋がれているのは、統合王国のほんの一部分だ。それに、手紙をやり取りする相手も、あるいは冬の学院に来る相手も偏りすぎている」

 

「でも、そういう人達が統合王国を動かしているんじゃないの?」

 

「参謀がいれば歩兵は不要か?」

 

「わかった」

 

シェプルスキアはすぐにアニドの言いたいことを理解する。相手の取りがちな戦法を知るのは重要だが、同時に兵の練度を見ることの大切だ。そうでなければ、突撃した騎兵が覚悟を決めた槍兵たちの餌食になってしまう。

 

つまり、相手の指揮官や参謀についてはわかっていても、実際の兵の規律と実力がわからない状態ということだ。そこまで考えてから、それが実際にどのような場面なのかをシェプルスキアは考えていく。

 

「……市民?」

 

「呼び方は色々あるけどな。貴族じゃない平民と言うには広すぎるし、本を読まない農民層はおそらく大きな影響を与えない。いや、数としては無視できないんだが……」

 

アニドはそれをなんと呼ぶべきか掴めずにいた。もちろんそれは一つの集まりではないが、名前をつけたほうが扱うのは楽なはずだった。

 

「知的市民、とか?」

 

「あまりそういう言い方すると農民や都市の労働者に学がないって言っているようにもなるし、学さえあればいいって感じになるから微妙なんだよな、中流階級とかのほうがまだいいかもしれん」

 

「まあ、敵をどう呼ぶかって大事だからね。汚い言葉で呼ぶと士気が上がることもあるけど相手を侮ることにも繋がるし、相手の呼び方をそのまま受け入れると強い感じになっちゃうから」

 

「難しいもんだな」

 

「そうなんだよ、まああたしはもともとそういうこと考えてなかったんだけどさ」

 

「参謀天幕、だったな。ああいうのがもっと色々なところにあればいいのに」

 

「参謀だけで将軍と兵がいない軍は戦えないよ」

 

シェプルスキアは冷たく言う。確かに参謀を集めて相手の予想を裏切る作戦を統制の取れた軍で行うのは、見た目だけであれば素晴らしいだろう。しかし、大抵の場合はそれができるだけの兵がいれば、指揮官や参謀はそこまで必要でもなかったりするのだ。

 

戦場に足りないのは文字の読める兵だ、ということをシェプルスキアは感じるようになっていた。それは冬の学院で指揮官の真似事をしたためでもあるし、イウェラ連隊がツィノドの地で行っていることを聞いているからでもあった。

 

「そうだな、逆に言えばただの群衆でも力を持てばそれは敵になりうる」

 

「……統合王国でさ、反乱って鎮圧できるの?」

 

シェプルスキアの質問に、アニドは小さく首を振った。

 

「民に銃を向けるっていうのは難しいものさ。とくにここしばらくで統合王国の軍のあり方が変わっているのは知っているだろう?」

 

「連隊制度だよね、名誉ある連隊とされる七つの連隊と、それ以外の小さなもの。それがルメン七世の時代に陸軍大臣の指揮下に入ったんだっけ」

 

「よくわかってるな、ちゃんと授業を受けているようで何よりだ」

 

アニドはそう言って、天井を見る。確かにシェプルスキアの言っていることは表面的には間違っていなかったが、アニドの知る限りでもいくつかの微妙な点があった。例えば陸軍大臣ができるのは連隊長への指示に留まり、違反をただちに処罰できる命令ではない。命令違反をした連隊長に対してどのような処分ができるかは、まだ不透明なところも多かった。

 

それを指摘するべきかとも思ったアニドだったが、実際の統合王国の軍が今の時点でどうなっているかわからない以上詳しいことを言うのも憚られた。

 

「あー、つまり統合王国の軍って各地の領主の軍じゃないんだ。そうすると民を守るって建前で動いている?」

 

「建前とか言うなよ、テレナ嬢の考え方に染まっているぞ」

 

「そうだけどさ……」

 

「ともかく、そういうことだ。それと軍の給与の支払いのやり方も変えるらしいからな、そのあたりを踏まえるともし中流階級が中心となって暴動が起きると統合王国は止まる」

 

「止まるって?」

 

「文字通りに宮廷組織が機能しなくなるんだよ。結局それを動かしているのは人で、そういう人が働く場所があってこその官僚だ。だから例えば王宮を占拠するなり、重要な建物を壊すなりすれば、統合王国を止めることは難しくはない」

 

「……そういうことは、普通あたしたちみたいなろくでもない傭兵のやり口なんじゃないかな」

 

「混乱を与えるだけ与えるっていうのが目的なら、そういう手段は取れるだろうってだけだ。もちろん今の結社は相当危なくならない限りはそんな動きをしないだろうし、それができるとしたら連隊がいくつか反王室陣営につく必要がある。だが、王室派と地方派が今のところ固守閥って方向で固まりつつあるんだよな」

 

アニドは笑みを浮かべた。少なくとも、固守閥には学院の卒業生を始めとして変えるべきものと変えたくないものをきちんと理解している人が多い。そこがテレナが怠惰閥と呼んだ集団との大きな違いだ。

 

「……もしさ、貴族が負けたらどうなるの?」

 

シェプルスキアはテレナが今のところ破壊閥よりは保守閥寄りであることを知っていた。しかし、あの「墜ちる灯火」は破壊閥の方に力を与えている。中流階級がどれだけこの本に影響を受けているのかはわからなかったが、少なくとも軽視できるわけではないことはテレナやアニドの動きからわかっていた。

 

「それでもどうにか統合王国……いや、そうなるとフェルヴァジュ民主国にでもなるのか?ともかくそれを運用するためには妥協閥の力が必要になるだろう。そしてその過程で下手な暴走さえ起きなければ、貴族は特権を剥奪されて、上位の中流階級になるだけに終わる」

 

「暴走が起きたら?」

 

「ハッヘンヴルト家に食い散らかされ、屍は冷海同盟が引き取ってくれるさ。あるいは全部の連隊が民主国について、熱狂的支持に支えられた大将軍でもいれば話は違うだろうが」

 

アニドは冗談交じりに言った。少なくとも、彼はそれを冗談のつもりで言ったことにしようと考えていた。

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