角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暖炉の側に議題は積もる 9

「だからですね、それは誤解なんですよ。少なくとも同君地域においては聖なる冠を戴くものがいなくなった時点で絶対至上権の概念は崩れていますけどそれは必ずしも諸邦が統合王国の主張する至上権に服すものではないわけです」

 

そう語る少年に、周囲の人々は感心の目を向けていた。彼はわずか十七歳の青年である。それが統合王国の誇る法学者と対等に議論を交わせているのだ。

 

「至上権は国家における最高の力であり、それは国土と臣民に対してのみ行使されうる、だろう?そんなことは承知の上だ。しかし、至上権の由来にまで遡れば、それは恣意的に制限されたものではないかね?」

 

そう論ずるのは、若い法曹だった。購官貴族として名を上げ、今では統合王国の様々な法整備に関わる実務者である。同時に、彼はいかに王権が構築されたかを論じた本で知られ、王認学術協会の大評議会の一席を占める法思想家でもあった。

 

「そもそも神からその賜った支配権という概念自体は寛容の精神から考えると南方街に対する法的取締を成立させる理由足り得ないんですよ、しかし実態としてはそれは行われている。バシェツ卿のやり方はやはり今では難しいところがありますよ。抗議派が生まれる前であればまだしも、今では至上権は条約と法に縛られうると見るべきです」

 

学院の制服を着た青年の言葉に、周囲にいる観客から声援なのか嘲りなのかわからない声が飛ぶ。

 

「いいや、レイルグ君は至上権の定義を違えていないかね?至上権はあらゆる法を超越し、同時にその基礎となる。王ははじめから全ての至上権を与えられているのではなく、その必要に応じて至上権を受けるに過ぎない」

 

「……なにこれ」

 

テレナは教室の片隅で呟く。

 

「さぁ」

 

フュルシーアは同級生がどうやら少し劣勢らしいというのを見ながら手元にこの種の本の在庫があっただろうかと考えていた。

 

「それにしてもレイルグ君、よくやるわね。同君地域の議場学者たちの薫陶を受けただけある」

 

「あっちで学んできたテレナ先輩としてはどうです?あれに入れます?」

 

「無茶を言わないでよ」

 

おそらく二人の頭の中には法典だの判例だのが多く入っているのだろう、とテレナは考えていた。しかしそれはあくまで前提に過ぎない。実際にそれがどのように運用され、あるいはされていないかについての深い知識があってはじめてこの議論は成り立つのだ。

 

そしてこれは単なる法学論争ではない。少なくとも、ここに集まっている人にとってはそうだ。バシェツが現在取り組んでいるのは、司法議会の復活である。

 

それは統合王国において、王権の下に法律を定めることを承認する場であった。しかしながら、そこでは臣下が王に対して反論することが許されていた。事実上、王は法律を定める権利を無制限には持たなかったのである。

 

ただ、ルメン七世はこの司法議会を停止させた。その背景には至上権の論争があった。王がなぜ王として振る舞うことが許されるのかという様々な答えのある議論の中で、ルメン七世はそれが神の力を継承したものだという解釈を採用した。これに基づき、王は必要のために自由に法を定めることができるようになった。

 

もちろん、彼が口にした言葉が法となり、統合王国において効力を持つかどうかはまた別の話であった。しかし彼はそれを恐怖によって成し遂げてしまった。

 

つまり、司法議会を再度作るとなればこれを覆しうる解釈が求められる。バシェツは至上権の解釈を王よりも上にあるものであり、その根拠を王ですら変えられない法に求めた。すなわち、継承法である。

 

継承法によって王は王となる。ゆえに王は継承法を消すことができない。それは法を変える力は王権に由来するものであり、王権は継承法によって成立するからである。

 

テレナからすれば詭弁にも思えるこの理論によって、バシェツは至上権の輔弼組織として王と対等たりうる司法議会が成立しうることを示した。少なくとも、テレナは斜め読みした彼の本をそう捉えている。

 

「とはいえ、こういうのって要るんですかね」

 

フュルシーアが言う。彼女の知る法というものは、もう少し血なまぐさいものだった。暴力は規律の下で効果を発揮するために規律が生まれるのであり、裏切りを許さないという姿勢が法を作るのだ。

 

「あなたが要ると言ったものよ」

 

「真っ当な法の執行、ですか」

 

フュルシーアは以前テレナに言ったことを思い出していた。そしてそれがあるからこそ、南方街はテレナの試みに投資しているのだ。たとえフュルシーアの父の名がウォルセラルの南方街に知れ渡っていたとしても、そこから離れた場所では急激に影響力は下がる。

 

だからこそ、その方針が南方系の人々にとって悪くないものだという根拠が必要だった。テレナがウィルトール流の理屈で作った論考では、それは平等な大衆の委任という形で提示されていた。ただ、それは今まで統合王国にあった論理とは大きく異なる。

 

「法というのは文字通りに運用されるものではない。それがどう作られたかを必ず反映する」

 

「そうですかね?」

 

「それ以外を反映しない、とは言ってないわよ」

 

「ならいいです」

 

そういう会話を二人がしていると、レイルグとバシェツが握手を交わしてこちらを見ていた。

 

「テレナ嬢。素晴らしい会合にお招きくださって感謝する」

 

バシェツはテレナの手を取って言った。もちろん彼のような法学者を学院に招いたのは正式には学院であるし、そのための調整もアニドの名の下で行われた。

 

「ええ、バシェツ卿。最近の大仕事について、もし私が助けになることがあればぜひ」

 

ただ、バシェツは南方街を経由して送られた秘密の手紙を通してテレナを知っていた。最も早期に「墜ちる灯火」の理念を否定し、それを再構築するために必要なものを論じた匿名の冊子の著者。

 

「なに、面倒な執筆をやってくれる友人を紹介してくれるだけで大いに助かっているとも。私の専門は説得だからね」

 

そしてテレナも、彼の秘密を知っていた。実際のところ、彼の書いたとされる本のうち彼が実際に原稿を書いたものは多くない。しかしそれは、彼が怠惰であることを意味しなかった。セラベールの下に財政についての報告書が作られるように、統合王国における法理念はバシェツの名の下で変わりつつあったのだ。

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