角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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白雪の中で議論は始まる 2

学院の授業も終わろうとしており、冬の休暇が始まる時期が近づいていた。日の沈む時間も早くなってきており、暗くなってからは外出できない学生たちが自らの寮で過ごす時間も増えてきていた。

 

「……どうしたの、テレナ」

 

談話室で追棋(アファト)をテアリアとしていたシェプルスキアは、ふらふらと歩いてきたテレナを見て呟いた。

 

「参考になりそうな本と、その概要。私はもう書き終えてここにあるものは使わなかったから、好きにして」

 

少し苛ついているような口調でテレナは紙をシェプルスキアに投げつけるように渡し、そして不安になるような足取りで寝室へと向かっていった。おそらくこのあと寝台に倒れ込むように行くのだろうな、とシェプルスキアには予想できた。

 

「……なんだろ」

 

シェプルスキアはそう言って、渡された紙をめくった。ずらりと並ぶ文字に一瞬気圧されながらも、一度呼吸をすれば落ち着いて目を通すことができた。

 

「今度の課題のやつかしら」

 

盤を超えて身を乗り出すようにしたテアリアは少し走り書きの、しかし読みやすいテレナの文字を見て言った。

 

「ああ、そういえば課題を手伝ってくれるって前に言っていたっけ……」

 

シェプルスキアにとっては軽い口約束であったし、そこまで深く考えずにその時には対価である軍事的知識を提供したのだが、テレナはきちんと契約を守ることを重視したようだった。あるいは、そういう形でシェプルスキアの指導役であることをしっかりと示しておきたいと考えたテレナの意地だったのかもしれない、とシェプルスキアは考えていた。

 

「見せてもらえないかしら」

 

テアリアが言うと、シェプルスキアは紙束を渡した。文字は乾いていたが、まだインクの匂いがしていた。

 

「……よくまあ、ここまで調べるわね」

 

テアリアが見た紙に書かれた書籍の題名は、ここ近年で出版された儀礼書をまとめているものだった。大まかな内容と作者の背景、そして読む時に気をつけるべき点まで列挙されている。紙をめくると、また別の分野の本について同様にまとめられていた。

 

「ここにあるのを、テレナは全部読んだのかな」

 

「そこまではしていないかもしれない。テレナのことだから、信頼できる先輩とかがいるんじゃないかしら」

 

シェプルスキアはテレナの先輩を思い出そうとしたが、以前一緒にヨルワ教授とお茶をした商会の娘のネアぐらいしか名前が出てこなかった。

 

「あんまりテレナはそういう友達いる印象ないかな」

 

「私にとやかく言える立場じゃないようね、テレナさんは」

 

「あれはあたしもちょっとまずいなって思ったから……」

 

シェプルスキアは前にテレナがテアリアに言ったことを思い出していた。それはかつてテアリアがしてしまった失敗への言及であったために反論することもなく痛みとともにテアリアは受け入れたのだが、それはそれとして不満なものはあった。

 

「というより、課題に必要な本を一通りまとめているようね。いくつか抜けがあるような気もするけれども、その抜けの部分はテレナさんが使ったものでしょう」

 

「ああ、同じ内容が書かれるとよくないからか」

 

「そう。そのあたりの不正判断は厳しいらしいわよ」

 

学院における不正は、大学における行為とは違って公に処罰されることは少ない。そもそも通う学生の立場を踏まえると大っぴらに追求できないことも珍しくないし、不正の様相も様々だからだ。

 

例えば、学院のいくつかの授業で見られる課題としての文章作成は将来的な文書作成の技術を見るという側面が大きく、内容自体の特別性は問われない。授業で言われた内容を単純にまとめただけであっても、最低限の評価を得ることはできる。

 

その中で自身の人間関係を用いてより良いものを作ることは、推奨されてすらいた。一方で、そのようにして得た評価が必ずしも自分のみのものにはならないことも告げられていた。将来的に誰かを頼ることは前提ではあるが、常に頼れるわけではないということである。

 

「じゃあ、これはテレナができる精一杯の……」

 

「あとは書き途中のものへの助言も頼めると思うわ。私ならともかく、シェプルスキアさんであればいけるでしょうし」

 

「テアリアさんもたぶん言えば大丈夫だよ」

 

「……そう、かしら」

 

「うん」

 

シェプルスキアの自信に満ちた頷きは、ただ軽率な思考による肯定ではなかった。テレナがテアリアがあまり好きではないだろうこと、それでも頼まれれば拒まないだろうこと、そしてテレナの目標である情報源としてのテアリアを活かすためにはこのような関係を強めることに利点があると考えるだろう、というところまでシェプルスキアは読んでいた。

 

この手の謀略は、小規模な集団でのやり取りが多かった傭兵団時代にシェプルスキアが身につけた技能の一つだった。彼女の直感は、少なくともよく話し合った人間であればどう動くのかをある程度予想できたし、そうでない相手でも性格ぐらいは読み取ることができた。

 

ただ、それを使って場を支配できるほどの能力があるわけではなかった。誤解を解き、相手が妥協できる条件を出して説得をするなら、あるいは自分を信頼してくれている人に力を貸すことならできるが、相手を騙すようにして動かすのは苦手だった。

 

「……そうね、後で聞いてみる。それとシェプルスキアさん、油断していると逃げられるわよ」

 

そう言ってテアリアは王の駒を動かした。テアリアの頭の中ではおそらくまもなく包囲を食い破って王を逃がすことができるが、もしシェプルスキアが上手く包囲を再構成すれば怪しいぐらいというところだった。

 

テアリアが熟考まではしないが、片手間に指せるほどではないぐらいにシェプルスキアの腕は上がっていた。もちろんテアリアから見れば初心者の域にはあったが、明確な最善手がある場合にはそれを外すことは少なくなっていた。

 

「……こう打ったら、どうかな」

 

「その場合はこっちの駒を動かせば無効にできる」

 

「あー、そっか……」

 

シェプルスキアは悩みながら、次はどの駒を動かせばいいかを考えていた。何回やり直しても受け入れてくれるし、かつその上で自分を負かすことのできる余力を持っている強いテアリアに対して、シェプルスキアは素直に稽古を受けるつもりで向き合っていた。

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