角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暖炉の側に議題は積もる 10

部屋に無表情で入ったネアは、何回か扉の鍵を確認してから軽やかな足取りで鼻歌混じりに踊り始めた。

 

「……なんだったかな、この曲」

 

作業机に突っ伏すようにしていたアニドが身体を起こしながら言う。

 

「四つの弦楽器と笛による郷舞踏、七号?」

 

テレナは先日フュルシーアから回収したいかがわしい本から目を上げて言った。

 

「それの三拍子版」

 

「なるほどね」

 

ネアの答えにテレナはそう呟いて視線をまた本に戻す。

 

「それでネア先輩、どういう交渉が決まったんだ?」

 

「我らティツン商会は統合王国における繊維作物生産の買い取りおよび布地の販売において優先的立場を手に入れるという覚書を財務大臣と交わした、というわけ」

 

「引き換えにしたのは何だ?」

 

アニドの言葉に、ネアは足を止めた。

 

「新たな統合王国債の買い取り」

 

統合王国は長らく借入によって国家財政を賄っていた。しかしそれは多様な契約に基づいており、そしてしばしば踏み倒されてきた。だからこそ、セラベールを始めとする財務官僚はこのような無茶な取引をしてでも債権を売る必要があった。

 

「契約の整理と返済の長期化、そしてその原資としての物品税。よくまあ綺麗に話を持っていったわよね」

 

実際に策定に関係した実務者は別として、その実態を掴んでいる数少ない人物の一人がテレナだった。とはいえ、テレナも議場学に通じた後輩のレイルグの説明があって初めてその意味が理解できたのだが。

 

「それに厳密には、統合王国がなくなっても債権は維持される。私たちが契約することになるのは多様な相手で、統合王国はあくまでそれを取りまとめるだけ。とはいえ、崩れないほうが回収が楽なことにかわりはない」

 

ネアはそう言って、今までの苦労を思い出していた。冬の学院に北側世界の貿易と財政に取り組む人物を集める資金は、ティツン商会によって出されていた。それは決して小さな投資ではなかったが、少なくとも大損になることはなさそうだった。

 

「そういえば、ティツン商会の総経理が来ているんだっけ?」

 

テレナは呟く。挨拶をするべきか悩んだのだが、忙しくて顔を合わせることができていなかった。それに、ここで下手に冷海同盟と繋がりを持てばテレナの背後を疑われることになる。多くの人はアニドの背後に何らかの組織があると見ていたが、それが実際には多様な地域と知識を集めた学生たちの集団と、そのうち二人が持つ焦燥感によるものであるとはほとんど理解されていなかった。

 

アニドは自分の居場所を作るために、テレナは故郷を守るために。二人の小さな、そして大きな力に踏み潰されかねないその願いは、今のところ統合王国の方向を変えつつあった。

 

「そう。まあ父さんも今頃は酒でも飲みながら小躍りってところね」

 

「いい家族だな、羨ましいぜ」

 

アニドが呟くと、テレナとネアは少し目を逸らした。

 

「それで、他のものってどうなってるの?」

 

ネアがテレナの方を見て言う。

 

「だから私は全てを裏で操る人物でもなければ、知らないことがないような賢者でもないんだって」

 

「それでもおそらくはこの冬の学院の中で統合王国の行く末について一番考えている人でしょう?」

 

「そうかな……」

 

テレナはそう言って対抗しうる相手を考えたが、思いつかなかったので反論を諦めた。

 

「ともかく、財政はどうにかなるのはわかった。でも結局は、反発がそこには根深く残る」

 

「贅沢品は使い続けていればあって当然になるからな、俺だって白くないパンは食いたくない」

 

アニドは言う。少なくとも彼は王室の人物であり、食うのに困らない生活をしてきていた。テレナも家庭教師との旅の中で空腹を覚えたことはあっても、飢えるとまで行ったことはない。

 

「そもそも贅沢品を流している私が言うのも難しいけど、あの種の改革はなかなか時間がかかるものよ。統合王国の目に見える崩壊は決して遠のいているわけではなし、ティツン商会も正直危ない賭けに乗っているところはある」

 

「破産しうるのか?」

 

アニドが尋ねる。

 

「制服の納入は進んでいるし、その過程である程度の売上は保証されている。地方派との繋がりも深まったし、良い取引ではあった。でも、逆に言えば統合王国にティツン商会は依存しすぎている。少なくとも私の父が総経理の座を追われる事はあるでしょうね」

 

「そうすると、誰がその席に?」

 

「……誰も座りたがらないから不毛な押し付けあいよ、ティツン商会の総経理というのはそういうものなの」

 

「どこであっても偉い人っていうのは辛いものだな」

 

アニドはそう言って小さく笑った。

 

「ともかく、統合王国が持ち直していることは冬の学院を通してある程度伝わっただろうし、これでハッヘンヴルト家が動くのを諦めてくれればいいけど……」

 

「一応この中で一番同君地域に近いのはテレナさんでしょう?」

 

そう言ったネアはテレナの方を見る。

 

「そうだけど、私の家も領地もハッヘンヴルト家とは微妙に違う。それに表立っての繋がりも作りにくいし、一応同級生の冷海同盟の繋がりを頼るようにはしているけど……それでも、ハッヘンヴルト家は読めない」

 

「ま、動きを決める方法はあるがな」

 

アニドの言葉に、テレナは嫌そうな顔をした。

 

「どうせ崩壊が目に見えたら、とか言うんでしょう?」

 

「隙を見せれば相手はそこめがけて殴りかかってくるってわけさ」

 

「一発でも殴られたら、というか殴るために腕を振られたら終わりなのよ。少なくとも統合王国と正面から戦うために行われる動員だけで私の故郷と嫁ぎ先の二つの伯爵領はここ十年の発展がなくなるほどの影響を受ける」

 

もちろん、それは二つの伯爵領の終わりを意味するわけではない。嫁いだテレナが動けば、なんとか持ち直すことはできるだろう。しかしそれは同時に、彼女に依存しすぎる二つの伯爵領の関係を作ることになる。

 

歪んだ関係は、二十年や三十年後にどう動くかわからない。テレナが家庭教師とともに解決したことになっている問題のいくつかは、関係者が忘れるまで先送りにしたものもあった。それは決して悪いことではないのかもしれないが、踏みつけにされるものがあるというのは事実だ。

 

扉を叩く音がした。近くにいたネアが鍵を開け、来訪者を招き入れる。

 

「先輩方、朗報です。統合王国は明確に植民地事業から撤退し、贅沢にふける貴族を敵とみなすでしょう」

 

そう言ったフュルシーアは、部屋の中央にある机の上に冊子や紙をまとめて置いた。

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