角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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紙面の上にて活字が嗤う 2

「あー……面倒ねこれ」

 

パゼルコの部下であるファーネスタは、冊子に目を通しながら呟いた。

 

「しかし、ここまでしっかりと根拠に基づいて論じる新聞など久々に見たな」

 

パゼルコも新聞に目を通しながら言う。その様子をテレナは黙って見ていた。

 

「テレナさん、いいんですか?」

 

そう言うのはファーネスタの侍女役のテアリア。聖座もフェルヴァジュ管区も特に人をつけなかったため、学院側で一人出すという形になったのだ。

 

「他人が考えている時に口を挟むのはよくないから。あとファーネスタ先輩って変わった?」

 

テレナはテアリアに小声で尋ねる。テアリアはもともと冬の学院の人手として数えられていなかったために大きな問題はないが、それでもシェプルスキアは指揮の正当性の問題から色々と面倒事を抱えていたよな、とテレナは考えていた。

 

「なんていうか……疲れた感じがします」

 

「まあ相手が……ね」

 

テレナはパゼルコを見て言う。一応目を通しているはずなのだが、その速度はテレナを上回っていた。

 

「聞こえてるわよ二人とも。まあ否定はしないわ」

 

ファーネスタは冷たく呟く。とはいえ、この程度の軽口は今までパゼルコとやってきたことに比べれば軽いものだった。多くの地方派の貴族の泣き言を、恨みを、あるいは脅しを聞いてきた。幸いにして、まだ刺客はファーネスタのもとにはやってきていない。ただ、それでもそれなりに酷いことをしているのだという自覚はあった。

 

「……味方はなし、か」

 

パゼルコは新聞を畳みながら言った。

 

「パゼルコ卿、状況をどう思います?」

 

「リュクバーンがやりそうなことだ、と言いたいが……奴にしてはどうにも素直な気がするな」

 

「素直、ですか」

 

テレナは言う。確かに王子がやったことは統合王国の抱える問題の一つの告発に過ぎない。そしてそれは、ある程度詳しい人であれば誰もが知っていて、そして目を背けていたことだ。

 

「あいつならもう少し解釈が難しい問題を混ぜるなりしてくるだろう。こいつは素直だ、素直故に効果的だ。影響については専門ではないゆえはっきりとは言えんが」

 

「となると、リュクバーンはそこまで関与していないと?」

 

「第三王子が聖職者として宮廷に出たのだろう?そうするとついているのは管区大監僧のはずだ。リュクバーンが直接あの場に主役として出るのは難しいだろう」

 

「そのあたりは統合王国の微妙な機微がわからないので、参考になります」

 

「実際のところはアニド卿にでも聞くんだな、なにせ生まれついての宮廷人だ」

 

「そのアニド卿が読めないものが絡んでいるのですよ。総権国、南方街、結社に教会。おそらくは多くの上位の貴族も。それは用意周到に、しかし少数の人々の中で計画されています」

 

「テレナ嬢たちがやっていたことだろう?今更他人にそれをされて泣き言かね?だとしたらリュクバーンのやつを煽る手札がまた一つ増えたということだ。こんな小娘に踊らされているなどとな」

 

「……そこに反論はないのですが」

 

テレナは握る手に力を入れながらも顔色を変えずに言う。

 

「とはいえ、デリロスのやつの語りは面白い。法学の知識さえあれば一級の法曹にでもなりうるな」

 

「おそらくは誰かが書いたものですよ」

 

「それがどうした。法廷において重要なのは、役者であることだ」

 

そう言ってパゼルコは立ち上がる。

 

「役者の姿勢と声の出し方をすれば、相手はそれに巻き込まれるのだ。おそらくはデリロスは一流の役者となるだろう」

 

パゼルコに顔を近づけられたテレナは、じっと彼の目を見返した。

 

「……それは、貴族の素質でもありますね」

 

テレナは貴族社会の欺瞞をよく知っていた。ウィルトールが嫌悪し、テレナに教え込んだその愚かさは、しかし存在していた。

 

「貴族だけではないな。教会であってもそれは求められる。本来であれば舞台でぐらいでしか役立つべきではないのだがな」

 

「……彼の発言については、どうですか?」

 

テレナはパゼルコに尋ねる。数日違いの新聞と冊子は、ほぼ同じ彼の発言内容を書いていた。噂から活字を組んだにしては、内容も時間も整合性がない。つまり、事前に原稿が回されていたことはほぼ間違いないのだ。

 

「少なくともフェルヴァジュ管区はあれで痛手を負う側ではないな」

 

「そうなんですよね、少なくとも私たちのやっていることとも直接はぶつかりません」

 

「そういうやり方はテレナ嬢の得意だろう?フェルヴァジュ管区の叙任権を取り戻すはずだった男を、管区の大掃除に引きずり込んだんだ」

 

「婚約破棄のあたりで私はそこまで大きな貢献をしていません。学院の中で私以外の学生も動きましたし、基本的にあれらは統合王国のほうで話が進みました」

 

「……リュクバーンの話とは違うが、嘘を吐いているわけじゃない、か」

 

パゼルコはテレナが怯えを隠していることも、強い精神があることも見抜いていた。その上で、彼女は婚約破棄事件における自分の貢献を評価していない。一方、パゼルコは学院に行くにあたって注意すべき人物を何人か伝えられた。その中の筆頭がテレナだったのだ。

 

真実などない、とパゼルコは考えていた。そこにあるのは多くの人々の見方だけだ。神の目からすればなどという言葉は、多くの犯罪と不正を見てきたパゼルコの蝕まれた心には響かなくなっていた。彼にとって教会は信仰の場ではなく、二つある法廷世界の一つに過ぎなかった。

 

「まあいい。しかし、テレナ嬢が動いたわけではないんだな?」

 

「私ならもっとゆっくりやります。一つの大きな事件を演出して、ともかく話を動かしてから対応を刷るというのは……リュクバーンらしくはありませんが、リュクバーンなら対応できるやり方です」

 

「なら、テレナ嬢にはできるかね?」

 

「……この手の熱狂は、考えていなかったわけではありません」

 

ただ、それはテレナの計画ではあくまで予備としていたものだった。ルメン・デリロスを本格的に改革の顔役にし、アニドの言う中流階級にいる市民の熱狂を活用して統合王国のあり方を大きく変える。貴族の絶対性を剥奪し、王室の存続すら危うくなる。

 

ただ、テレナたちが組み上げてきた妥協閥は、その中でも対応できる人々が集まっていた。どの陣営も彼らに頼らねば国家をまとめ上げることはできない。怠惰閥が切り捨てられ、保守閥が守るべきもの以外の多くを失い、破壊閥が自分のつけた火に巻かれながら、妥協閥は生き残る可能性があった。

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