角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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紙面の上にて活字が嗤う 3

「楽しいことになりましたな、テレナ嬢」

 

法曹であるバシェツは笑いながら言った。

 

「全国民会の素案は?」

 

テレナは息を吐いて尋ねる。

 

「あるわけないでしょう、地方民会の復活でさえまだ相当先だと読んでいたんですよ?」

 

「わかりました。学院の蔵書と僕の知る範囲ではありますが、参考になるものを選んでおきます」

 

レイルグはそう言いながら、紙にペンを走らせる。部屋にいるのは三人だった。統合王国の法学者、同君地域の議場学者、そしてしがない令嬢である。とはいえ、ここにいる二人はテレナのことをただの令嬢だとは考えていなかった。

 

「さてテレナ嬢。あなたはどのような全国民会を想定していらっしゃる?」

 

「それはあと一年で実現できるもの、という意味ですか?あるいは理想ですか?」

 

「好きな方で構わない」

 

「では理想の方を。十八歳以上の全国民による投票による代議士の選出と、代議士による三分の二以上によって決定される法律の制定、承認および廃止、条約の承認、財務承認、陸海軍の編成および戦争の承認ですかね。基本的には追認が主となるけれども、まずいものについては止めることができるようにするといった程度のところです」

 

「代議士の選出地区の配分は?それと、代議士を選ぶ選挙人は使わないので?」

 

「小管区でも使えばいいでしょう、とはいえこのあたりは地区整理をきちんとやるほうがいいでしょうね。あと選挙人制度は結局は地域ごとの多数派を優遇するでしょう?私たちが手紙をやり取りして動かしている人はそれなりに散らばっているのよね」

 

「……理想論ですな」

 

バシェツは言う。テレナは頷いた。

 

「バシェツ卿はどこまでならできると考えていますか?」

 

レイルグは尋ねる。

 

「地方民会の選出した代議士を集める、あたりなら比較的手軽にできるだろう。根拠もそう多くは必要ない。一応は似たようなものは過去には何度かされていたが、あれは平民からの信任を得るという儀式の側面が強かった。地方民会のあり方のように各地の声を聞く、というものの延長線であればいいが……」

 

「それで満足されますかね?」

 

レイルグの言葉に、バシェツは首を振った。彼は比較的革新的な人物で、結社とも繋がりがあった。もちろん直接的なものではないが、少なくとも法整備については彼らの理念を実現させたいと考えている。しかし彼らが強欲であり、欲しいものが手に入らなければ癇癪を起こす子供のような存在であると口には出さないが考えていた。

 

「しないだろうな」

 

三人は息を吐いた。テレナが書いた草稿の全国民会という発想は、それなりに受け入れられてはいた。ただ、それを具体的にどうするかについてはほぼ誰も考えていないと言ってよかった。少なくともここにいる三人がその方策をすぐに思いつけないなら、他の人には無理だと言ってよかった。

 

「まったく、どうして法曹なんかよりも学生の方が話が通じるんだ?こっちは全国民会の法的根拠を説明するだけで一日費やすというのに」

 

「ええと、『必要が最上の法である』でしたっけ?聖語は得意じゃないのですが」

 

テレナが言うと、レイルグが頷いた。

 

「王権なき都市国家や共和国における正当性の起源の議論ですね。このあたりは色々と……都合がいいものが多いです」

 

レイルグは言う。同君地域においては多様な体制が存在した。例えば投票で市長を定めるがほぼ間違いなく同じ一族から選ばれる場合もあれば、周辺地域の領主が代わる代わる代理として治める地域もあった。それらの背景には複雑な問題と交渉の歴史があったが、それを正当化するための理論も多く作られていたのだ。

 

「法に従うこと、富を持つこと、相手に異論を唱えさせないだけの軍備に、認められてるものから認めてもらうこと。力あるからこそ力を持つことを許されるというような、詭弁的なものばかりだ」

 

「あまりそのあたりを詰めても良いことはありませんしね」

 

バシェツを補足するようにテレナは言う。テレナたちにとって選挙制度はいかに各勢力に全体で決定したことを飲み込ませるかの儀式の一つでしかなかったのだ。

 

「代議士の人数と任期、具体的にかかる日程と人員。その手のものは実際に試さねばわからぬところが多いだろうし、どうせ教会を使うことになるだろうからな」

 

「教会、ですか?」

 

レイルグが尋ねる。

 

「ああそうか、同君地域には管区が複数あるが、フェルヴァジュ統合王国にはフェルヴァジュ管区だけがある。財務大臣の方も動いてらっしゃるが、この種の面倒な政治から中立で、かつ信頼できる上に、国土全体に影響力のある機関がないのだよ」

 

バシェツの言葉に、レイルグは理解して頷いた。

 

「まっとうな官僚を地方にまで行き渡らせることがいいのですがね」

 

「教育に十年はかかるし、学校の設置認可でもう五年は必要だ。実際のところ代議士となるのも多くが貴族か、あるいは爵位を買えるほどの裕福な者たちだろうな」

 

「むしろそうでもないと怖くて任せられませんよ、貧乏人というのは生き様が悪いのではなく、貧乏が生き様を保つことを許さないのです」

 

「いくら富を持とうが賄賂に転ぶものもいるからな。となるといかにして代議士の不正を取り締まるかも必要か」

 

テレナとバシェツの会話を聞きながら、レイルグは思い当たるものを紙に書き続けていた。一つ一つの問題は似たような形で扱われていて、いくつかは議場学でも論じられている。しかしそれらを組み合わせ、統合王国ほどの規模で運用するとなるとそれは議場学の範疇を超える可能性すらあった。

 

「あと僕から言わせてもらえば、全国民会と官僚たちとの距離をどの程度にするかもかなり重要になると思います。テレナ嬢は全国民会に力を持たせたがっていませんが、そうすると官僚たちが暴走します。とはいえ広くから人が集まる議会に力を持たせるのもそれはそれで難しいのですが」

 

「……レイルグ君、全国民会法の草案を書かないかね?」

 

バシェツはレイルグを見て言う。

 

「あからさまに僕は部外者でしょう?」

 

「名前は出せないが、議場学の方面への協力は惜しまないと約束しよう。王認学術協会の大評議会委員としての権力を使ってもいい」

 

「……広く知識がもたらされるのは学問を修める身としては喜ばしいものではありますが、そもそも僕は議場学の代表者ではありません。必要なら言伝はします」

 

「頼む。こちらの方で作ったものがろくなものになる気配がないからな。多少でもまともなものがあればそれを通すのは難しくないし、作るよりその方が得意だ」

 

そう言って笑顔を浮かべるバシェツを見ながら、やっぱりこの人は誰かの考えを自分の言葉にして相手と戦わせるのが好きなんだろうなとレイルグは考えていた。

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