角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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紙面の上にて活字が嗤う 5

テレナたちが手に入れた情報は、数日で陳腐化した。すでに冬の学院の中ではルメン・デリロスの告発が噂となっており、断片的な新聞と冊子を手に議論が交わされていた。

 

「ハッヘンヴルト家は、動きますかね?」

 

夜の教授室で、テレナは部屋の主であるヨルワに尋ねる。

 

「……テレナ嬢にとっては、あまり嬉しくない知らせがあります」

 

「今更ですか?」

 

テレナは苦笑いを浮かべる。

 

「ハッヘンヴルト家の率いる軍が、学院に来ることはありません」

 

「どうしてです?」

 

「先代のハッヘンヴルト家当主を支えた人物を、学院に招くことにしました。統合王国の外交官を務めたこともある男です」

 

「……知り合いですか?」

 

「遠縁ね。何回か直接顔を合わせたことはあるけど」

 

「……統合王国の混乱を間近で見るための斥候、ですか?」

 

「同時に統合王国の軍隊が学院の方に来た時に対応するための理由付けでもあるわね。だから、これはテレナさんにとっては嬉しくない知らせと言ったでしょう?」

 

「……ええ、そうですね。私個人としては、余計なことをしてくれたと言いたいです」

 

テレナは改めて頭の中に西の統合王国と東の同君地域が接する地域の地図を思い浮かべる。地形と街道を考えれば、衝突が起こる地域は限られていた。北の方であれば学院の近くの平原が、南の方であればテレナの故郷であるエルンツィンガー伯爵領の周辺が会戦地となるだろう。

 

少なくとも、ここ百年は統合王国と同君地域の間で大規模な会戦は起きていなかった。国境線付近での軍事行動はあったが、それは衝突に至ってはいなかった。

 

そして学院にハッヘンヴルト家の重鎮が来るということは、テレナの故郷が戦火に巻き込まれる可能性を増やすことを意味する。それは彼女がわざわざ多くの危険を背負って挑む統合王国への介入の成果を無にするものであった。

 

「……むしろ、統合王国が学院を狙ってくれればこっちにまとめられるか?」

 

「その可能性は残るのよね。とはいえ、これ以上はどうしようもない」

 

ヨルワは諦めて言う。学院という北側世界最大の教育機関の人脈を活用し、統合王国仕込みの社交術で築いた同君地域との繋がりの多くを、この招聘のためにヨルワは使っていた。

 

「逆に考えれば、私たちの計画を同君地域側に回してくれる人が増えたと考えられますね。大物に直接話ができるというのは、若さゆえの特権です」

 

「……さて、ルメン・デリロスの話に移りましょうか」

 

ヨルワはそう言って、眼の前の少女を見た。ヨルワは断片的にではあるが、宮廷での告発についてまとまった噂を持っていた。彼の理論はわかりやすい。統合王国の植民地軍は、多くの予算と若者の命を対価に植民地を維持している。本国にいる陸軍にとっても海軍にとっても、植民地軍というのは微妙に厄介な存在であった。その存在は、多くの貴族の無言の圧力によって維持されているところがあった。

 

しかしながら、彼らは兵士の犠牲を軽んじていた。航海中に沈められれば、彼らは大海原で溺れ死ぬか、あるいはもう少し幸運なら乾き死ぬまで木板に掴まっていることができる。植民地に到着して軍として戦ったとしても、得られるものは多くない。冷海同盟や教主国にとってなぜか都合の良い動きをする現地人は少なくなかったし、海の傭兵まがいの、あるいは事実上の海賊が新大陸沿岸には大勢いた。

 

そのような状況を、少なくない貴族が察知しながらも無視していた事実を、ルメン・デリロスは突きつけた。もちろん、軍や財務に関わる官僚であればそれは今更の内容であった。ただ、自分のささやかな憩いの時間さえ血に塗れていると告げられた貴族たちは反論した。そしてその反論が、実に悪かった。

 

自分は貴族なのだから、当然だと。我々とて王のために血を流すのだ、領民が領主のために血を流すのも当然ではないか、と。もちろん、そこに流れたのは失笑のはずだった。少なくとも、宮廷社交界に馴染みのあるヨルワには新聞に書かれたような傲慢な貴族たちはごく一部だろうと考えていた。

 

しかし、その発言はされたのだ。既に誰がそれを言ったかは突き止められ、詳細な経歴とともに新聞に掲載されるようになっている。そしてそれは、長い手の検閲を受けていなかった。

 

「言っておきますが、私は実際の発言には一切関与しておりません。とはいえ、彼があれを主張できた背景を作った人物の一人であることは認めます」

 

「詰問じゃないのよ。……彼は、度胸がある人物ね」

 

「蛮勇と言うべきです。とはいえ、それが時代を動かすことはあります。例えば、ハッヘンヴルト家に統合王国は崩壊しうると見なさせるほどの情勢を起こしたりするような」

 

「……どう見るか、というのは私にもはっきりとは言えない。例えばこの後、統合王国で暴動が起きて王宮が焼かれれば間違いなく動くでしょう。でももし醜聞の一つとして流されれば、警戒を生むにすぎない」

 

「……醜聞というのは、どちら側のでしょうか」

 

「愚かな貴族と愚かな王子のどちらか、というのはないわ。喜劇においては全ての役者が愚か者なのよ」

 

「……観客すら、ですか?」

 

「そういうこともあるかもしれないわね」

 

ヨルワは断言を避けた。それは自分の理解に不明瞭なところが多く残っていたからでもあるし、判断をする側がどこまで理解できるかもわかっていなからだった。良くも悪くも、ヨルワの思考は統合王国のやり方に染まっている。

 

「ともかく、私は私でどうにかします。とはいえ、ルメン・デリロスのやったことはおそらくどの勢力も対応可能な範囲だとみなすんですよ」

 

「あなたがたは?」

 

「……王として即位させるか、あるいは全国民会を作ってそこの代議士長にさせるか。そういう形で彼にあらゆる感情を集めて、多少なりとも制御できるようにします。少なくとも今のルメン・デリロスは、統合王国の情勢を見ることができていますから」

 

テレナの言葉にヨルワは頷いた。ルメン・デリロスの発言は、間違いなく今の統合王国の情勢を理解したうえでのものだった。ヨルワでさえ、植民地維持の支出をどうにかするために財務関係者が動いていることは知っていてもその具体的内容まで理解できているわけではない。しかしテレナの反応を見れば、全体的な方向は食い違っていないことは読み取れた。

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