角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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紙面の上にて活字が嗤う 6

鍵を開けて部屋に入ったテレナに、既に中にいたフュルシーアは立てた人差し指に軽く息を吹きかける仕草をした。

 

「……寝てるの?」

 

テレナは小声で言いながら、机を挟んでフュルシーアと相対する椅子に座る。長椅子に座るフュルシーアの腿の上には、寝息を立てるレイルグがいた。

 

「……婚約者でも、学院ではそういうことしないわよ」

 

「愛人関係というやつですよ」

 

レイルグの髪を撫でながら、フュルシーアは小さく微笑で言う。

 

「さて、冗談はさておきレイルグ君のほうの進捗は?」

 

「なぜか草案ができてますよ、不思議ですよね」

 

「まあ、冬の学院もそろそろ終わるから当然と言えば当然だけど……」

 

そう言いながら、テレナはフュルシーアから紙束を受け取る。

 

「……統合されし王国たるフェルヴァジュの地における全ての民の代表として、我々は以下の要件に基づく全国民会の設置を宣言する、ね」

 

「専門外なので良くわかりませんが、貴族たちもまあこれぐらいならいいだろうってぐらいですね。市民たちは目に見える成果ができて、貴族は実権を守り続けることができる」

 

「具体的な全国民会というよりも、統合王国における全国民会を含めた組織のあり方みたいなところね。素案としてはいいと思うけど……」

 

「けど、何ですか?」

 

「レイルグ君が、これに意図的に仕込んだか怪しい要素があってね」

 

全体に目を通し終えたテレナは言う。

 

「何ですか?」

 

テレナは黙って、自分とフュルシーアを指さした。

 

「外国人……じゃないか、女性ですね」

 

「共和王冠国では貴族には性別の定めがないけど、継承のあたりで事実上男性ということにはなるはず。あと統合王国にも女性貴族はいるし……」

 

「やっぱし学院前後だと違いますよね。たぶんエフナチェルカ一世も学院がなければ即位できなかったわけですから」

 

「百年に渡って動ける妻を送り続けたのは強いわよ。もちろん女性は継承権弱いし、行使できる権利に色々と制約はつくけど……」

 

テレナは個人的にはそれは無駄が多いと考えていたが、それを言えば無能な男性に投票権を与えることも同様に無駄が多かった。未成年を切り捨てるように、女性を切り捨てることには一定の合理性があるというのがテレナの認識だった。とはいえ、切り捨てないこともできる。要はどこに線を引くかなのだ。

 

「あ、それは入れてます」

 

フュルシーアの腿の上で目を開けたレイルグは言った。

 

「体調は大丈夫?」

 

「なんとか。面白くてのめり込んだだけですので、明日には戻れます」

 

「それはよかった」

 

そう言ったテレナの言葉を聞くと、レイルグはまた目を閉じた。

 

「眠かったら返事をしなくていいんだけど、これは普通に読んだら男性しか投票できないようになってるよね?」

 

「はい、普通に読んだらそうなります」

 

レイルグの返答を聞いて、テレナは改めて条文に目を通す。一切の性別に関する文言はないが、文中の「市民」の定義や例を見る限り、それは新しく都市の裕福な中流階級、あるいは地方の地主を対象としているように読み取れた。そのような人物の中に女性はほとんどいない。

 

「でも、文字通りに読めば、誰でも良くなる」

 

「この法律自体は王勅で参集した地方民会の代表者によって採択されるのが前提ですが、一度全国民会ができると法律は全国民会を通さないといけなくなります。そしてこれ自体は法令なので、改正は面倒ですよ」

 

「……気がつかずに通せる?」

 

「まあそのあたりは色々あるでしょう。でも、そこの解釈自体には有無を言わさないようにしましたよ。冒頭のところにバシェツ卿好みの一文を入れておきました」

 

「法の解釈の恣意性はそれ故に暴政を招くものであるから、常に運用にあたってはその理念に則り、より弱きものの、虐げられしものの利益に基づかねばならない……」

 

テレナは読み上げながら、これが法律には直接はいらないことに気がついていた。しかし、何かの判断や判決を下すときにはこの理念部分を参照せざるを得ない。

 

「恐ろしいことをするわね」

 

「別に、今すぐそういう人が現れるとは思いません。でも、もし統合王国にシェプルスキア先輩のような、あるいはテレナ先輩のような人がいて、その力が必要な時に、滞りなく組み込めるのは大きな力です」

 

「実際のところだと……ヨルワ教授かアレリアさんかな」

 

「あの画家のですか?」

 

フュルシーアが言う。

 

「そう。結社の中でもそこそこの立場にある人。とはいえあの人を入れるとなると選挙制度は調整が必要だろうな……」

 

「結社の票とかでなんとかならないんですか?」

 

「そんな統制が効くような組織じゃないのよあれ。ルメン・デリロスは間違いなく当選するでしょうけど、それ以外はやってみないとわからないことが多すぎる」

 

「やっぱり実際に試さないと、ですか」

 

フュルシーアの言葉にテレナは頷いた。

 

「ひとまず、バシェツ卿にはまずこれを出します。あとこの法律を含む国家にとっての重要なもの以外は、前にテレナ先輩が言っていた三分の二じゃなくて過半数にしておきました」

 

「その意図は?」

 

レイルグにテレナは尋ねる。

 

「さすがに毎回三分の二をやると議論が長引きすぎます。テレナ先輩の分類ですと固守閥、妥協閥、破壊閥でしたよね?」

 

「そう。もしそれぞれが三分の一ずつ席を持てば、妥協閥が全てを差配できる立場になれる」

 

「それはちょっと欲張りすぎですね。おそらく数年に一度代議士は切り替わるので、その時にある程度方針転換をできるように基本的な法は過半数でいいようにしておくべきです」

 

「……なるほど」

 

「実際に共和王冠国でも戴冠者の命令を否定するためには相当準備が必要で、逆に戴冠者がそこまで嫌われると対立が明確になりますからね。逆にここは簡単に通せるようにしてしまうことで、軽い対立に慣らします」

 

「……どういうふうに影響が出るかは、やってみないとわからないところね」

 

「とはいえ法律の運用はその地の人々が一番得意です。僕達ができるのはあくまで彼らが見落としていたりする部分を指摘するだけで、全てを決めることではないですよ」

 

「わかってるわよ……」

 

テレナはそう言いながら、自分が苛ついている事に気がついた。故郷を守るという目標が脅かされる中でどこまで自分が冷静にいられるかは、彼女自身にももうわからなくなっていた。

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