角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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白雪の中で議論は始まる 3

テレナが物音に目をうっすらと開けると、着替えているシェプルスキアが目に入った。

 

「……起きた?」

 

小さな、注意しないと消えてしまうような声でシェプルスキアは言う。テレナは他の人を起こさないように頷いた。

 

「昨日は早く寝たからね」

 

「何で眠そうだったの?」

 

そう聞いたシェプルスキアにテレナは少しきつい目線を一瞬向けて、その後疲れたように目を揉んだ。

 

「……いろいろあるのよ。シェプルスキアにも関係あることだし、一緒に外に行っていい?」

 

「うん」

 

そうして、テレナは非常に珍しいことに朝からシェプルスキアと一緒に外に出た。そして最初の一歩を踏み出して後悔し始めた。

 

「さっむい!」

 

テレナの叫びはまだ暗い空に吸い込まれていった。

 

「もう雪が降りそうだし、馬が出せるのもそろそろかな」

 

「冬は大変よね、雪鋲打ったり藁巻いたりするけど」

 

シェプルスキアにそう言いながら、テレナは外套についている頭の覆いをかぶった。耳を出したままだと辛いぐらいの朝風が吹いていて、寒さを全く感じてなさそうなシェプルスキアを羨みながらテレナはシェプルスキアの少し広い歩幅に合わせて歩いていった。

 

「あと汗をかいたらすごい冷えるからちゃんと管理しないといけない。このあたりはその地域のやり方に沿うのがいいかな……」

 

「気をつけるべきことも多いのね」

 

そういった会話をしながら、二人は馬屋の方に歩いていった。

 

「そうだ、テレナ。馬に乗らない?」

 

「怖い」

 

「そう言わないでさ。テレナが連れ回してくれたらあたしは弓の練習ができるし」

 

「弓、ね……」

 

テレナにとって、それは時代遅れの武器であった。銃弾が安定して供給されない地域の遠距離武器、という程度である。大抵の場合では銃は弓よりも容易に学ぶことができ、誰でも使え、整備も楽であった。

 

「そう。必要な時に、その経験があるって大事だから」

 

「何に使うのよ、狩りとか?」

 

「……雨の中、静かに狙うときとか」

 

シェプルスキアが小さく言い、テレナはその意味を少しではあるが理解した。確かに、そういった方法で戦場から重要な人物を排除することがあるという話は聞く。しかし、それは多くの場合は偶然によって支配されるものであるというのがテレナの認識だった。

 

「なるほどね。話を変えて良い?」

 

「うん」

 

テレナは少し重く冷たい空気を晴らそうとしたが、次の話題もどうしても重くなることを思い出して憂鬱になった。

 

「シェプルスキアは、冬に帰らないよね」

 

「そのつもりだけど」

 

「そのことを、他の誰かに言った?」

 

「……あんまり言ってないと思う」

 

じゃあどうしてヨルワ教授はそれを前提に動いていたんだよとテレナは言いたくなったが、おそらくシェプルスキアの後援者と学院のやり取りなどに基づくのだろうと思ってテレナはそれ以上の理解を諦めた。

 

「ヨルワ教授があなたを社交界に招きたいと言っている」

 

舞会(デセ)みたいなやつ?」

 

「もう少し実務的。多分踊ることはないんじゃないかな」

 

「……どういうこと?」

 

「冬の学院は、色々な会合がされる場所になるのよ」

 

「それはなんとなく聞いた」

 

「たぶん婚約破棄の事件についても話し合われるけど、それとは別に東方の問題についても色々と議論がされる。その中で、現役の領主であるシェプと顔をつなぎたい人もいるんだと思う」

 

「ああ、そういうのね。大丈夫だよ」

 

さらりとシェプルスキアは言ったが、その意味を本当に理解しているのかテレナは疑った。

 

「……わかってるの?」

 

「領主として舐められないようにしろ、ということでしょ?」

 

「ああ、なるほど。宮廷文化を知らないっていいわね……いえ、ここはあえて規則を無視するべきかしら?」

 

「どういうこと?」

 

「学院の学生として学んでいる最中であるが、きちんとした領主であるってのを示すためにはあえて異国風の振る舞いを……いえ、それをちゃんと読み取ってくれると期待するのはやりすぎね」

 

「面倒なこと考えていない?」

 

「貴族というのはそういうものよ。服の柄一つで勝手に相手が変なものを読み取って怒り出すなんて珍しい話じゃない」

 

特に統合王国の先王、ルメン七世の時代にはそのような宮廷文化が皮肉にも大きく発達した。騙し合いと裏切りが珍しくなかった頃において、特定の規則を共有するということは思想的にも同質であると見なされたのである。つまり、作法を間違えたものは裏切り者として非難と処罰の対象となるのだ。

 

「大変だ……」

 

「あなたがそれをするのよ。私が教えるから」

 

「テレナが?」

 

「一応は学院に来る前に社交界入りは済ませたし、経験豊富なヨルワ教授もついてくるけど、実質的な案内人は私になりかねないのよね……」

 

テレナは今の状況を完全に理解していたわけではない。おそらく、シェプルスキアを社交界に入れようとするヨルワ教授でさえ正確な計画があるわけではないのだろう。そのような中で動くのは、テレナのあまり得意ではない分野だった。

 

特に、テレナの知る宮廷作法は少し古い、あくまで儀礼的な側面に重点を置いたものになる。一つ一つの動きを教本通りにできたとしても、その動きが本来持っていた意味や役割は多くの場合削ぎ落とされてしまっている。

 

わざわざ学院で会合を開くような人々にとって、このような儀礼とは守るものではなく作り、解釈し、改良するものだ。もちろん若き領主と優秀とはいえ第一学年の乙女にその水準を求めることはないだろうが、それが満たされなければ彼らはシェプルスキアを認めはしないだろう。

 

社交界入りの時に、新参者の手を引く案内人の役割は大きい。一般的には社交界入りして少し時期の経った若い人物が次の世代を案内するという側面があるが、今回の場合は例外が多すぎる。シェプルスキアは現役の領主で、テレナより二つ年上で、そして武勇の過去を持つ。

 

「……もしかして昨日、テレナが眠そうだったのって」

 

「色々と調べないといけないのよ。経験不足を補えるほどではないけど、知識はないよりあったほうがいい。それはそうと休暇前の課題と重なってそれなりに疲れはしたけどね……」

 

だからこそぐっすりと眠って朝から動くことができたのかもしれないな、と少しずつ登ってきた東の太陽の眩しさから少し目を逸らしてテレナは考えた。

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