角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

230 / 300
紙面の上にて活字が嗤う 10

冬の学院で、シェプルスキアは大忙しだった。場合によっては、テレナやアニド以上に。

 

学院に残った学生たちを指揮し、教授陣に使用人、あるいは厨房ともやり取りをし、来賓に対応して会話もする。ただ、そのある程度はシェプルスキアが慣れているものだった。

 

「どうだったかしら?」

 

教授室でヨルワは聞く。冬の学院で行われる会合の大半は終わり、徐々に学生たちが戻ってくる時期に入ろうとしていた。

 

「すごい楽でした」

 

「そう言う人はあまりいないのよ。私だって昔は苦労したのに」

 

「だってみんな頼んだことをしてくれるし、ちょっと書き置きを残しただけで動いてくれるし、落ち着いて話し合いもできるんですよ?」

 

「……東方というのは、大変なところね」

 

ヨルワはそう言ったものの、半ば冗談交じりであった。シェプルスキアが率いたのは凡百の若者ではない。北側世界有数の教育機関によって鍛えられている最中の学生である。軍であれば、経験は浅いが良く鍛錬を積んだものたちに匹敵するだろう。それでも戦場帰りからすれば漂わせる風格が違うと言われるのかもしれないが。

 

「でも、やっぱりあたしが今までやってきたような方法じゃうまく行かないところも多かったです。そのあたりはアニド君とかテレナ嬢とか……そういう人たちにいっぱい助けてもらいました」

 

「そうね。あなたの良いところは、素直に他人を頼ることよ。それを弱みと見る人もいるでしょうけど」

 

「……難しいものですね、確かに参謀を表に出さないほうが上手くいくときもありましたけど」

 

シェプルスキアはかつての傭兵団時代を思い出しながら言う。シェプルスキアを直接知っている人々は決して多いとは言えなかった。そのような末端の兵からもシェプルスキアが尊敬を集めることができたのは、彼らが知る班長や隊長がシェプルスキアに敬意を払っていたからだ。シェプルスキアと同じぐらいに顔を見たことがない参謀が彼女の後ろにいたからではない。

 

多くの人は、英雄譚を好むのだ。だからこそシェプルスキアの私的な復讐は名誉の敵討ちとなり、共和王冠国の謀略は安息の地への定住となった。もちろん、言葉は実態を完全に変えるわけではない。それでも、受け取り方を変えるだけで人は立ち向かう気力を得ることができるのだ。

 

「そのあたりは、やっていけばわかるわ。たぶんシェプルスキアさんの触れるものはこちらとは違う社交界だけど、秋からは新しい教授が来るしそういうのも参考になるかも。統合王国のやり方とは異なっているけど、悪くないものよ」

 

「ええと、ハッヘンヴルト家の人でしたっけ」

 

シェプルスキアの言葉にヨルワは頷く。

 

「ガルース・デラ・ハッヘンヴルト。ハッヘンヴルト家の今の家長の母方の叔父に当たるわね」

 

「あれ、そうするとなんでハッヘンヴルト家なんですか?」

 

シェプルスキアは頭の中で関係を考えながら言う。もしそうならハッヘンヴルト家の系譜は母の父か母から受け継がれたことになる。シェプルスキアの知る限りでは女性が家長になる例はいくつか知っていたが、家を繋ぐのは珍しいことであった。

 

「母方のほうの家もハッヘンヴルト家なのよ」

 

「家系図とか大変なことになりませんか?」

 

「なるわよ」

 

ヨルワは言う。彼女でさえ、描けるのは中枢とそこから自分に繋がるまでの系譜だった。ハッヘンヴルト家は同君地域を含めた北側全体に散らばっているとはいえ、互いに争うことはあまりない。対立や意見の違いはあれど、一応はまとまっているのだ。とはいえ、それは議論がすぐに終わることを意味しない。

 

「……同君地域についてはちゃんと知りたいので、ちゃんと頼ります」

 

「そうね。そういえばシェプルスキアさんの故郷の話になるけど、今年はエルガーツ翁は来なかったのね」

 

「去年の冬で思ったより問題が大きかったからあまり遠出できないっていうのと、南の方に用事があったそうで」

 

「……大君侯国、ね」

 

シェプルスキアはヨルワの言葉に頷く。ヨルワにとって、はるか東を支配する異教の国家は遠い存在だった。南方街経由でもたらされた珈琲の文化も、今では統合王国の植民地で生産されるようになって久しい。

 

「上手く行けば、今防衛にあたっている兵たちをある程度下げさせられます。向こうとの交易もやりやすくなりますし」

 

「でもそれは、共和王冠国側から見れば想定とは異なることになるんじゃないかしら」

 

ヨルワは言う。軍事について詳しくないわけではなかったが、軍事に期待する貴族についてはある程度の知識があった。

 

彼らは、軍隊というものに過剰な期待を抱いている。それがあればあらゆる問題は解決するのだと言わんばかりだ。逆に言えば、それが少し目標を果たせなかっただけで責任を問うこともある。かつて軍人だった貴族は、今では宮廷で噂話をする人になってしまったと言われるのも仕方のない態度だった。

 

「そこはなんとかしますよ、あと別に兵たちはそれぞれの新しい故郷にいるにしろ、参謀たちは砂防であり続けるためにいろいろやることがありますからね。多分教官みたいなこともしているでしょうし、あたしが戻ったあとの準備もあるはずだから」

 

「領主として、就任はしているのよね」

 

「でもまだ議会に出たわけじゃないから、向こうで貴族扱いされているかはちょっと微妙なところがあって……」

 

共和王冠国の議会の議員は限定されていたが、貴族であれば発言権が認められていた。もちろんそれが恣意的に用いられて議会を長引かせるのはいつものことであったが、同時に地方の問題を全体で共有することができる場でもあった。

 

そして一定以上の領主であれば、そこで貴族としての宣言を行うことがある。必ずしも義務とされているわけではないが、二年に一回ある議会への出席の機会を学院のためにシェプルスキアは逃してしまっていた。

 

「……なら、あちらでの社交界入りみたいなものはこれからになるのかしら」

 

「社交界入りというか、戦場での名乗りかな。古風だし、あたしもしたことないけど」

 

それは騎士の時代の風習だった。当時とは何もかもが違う。槍を用いた陣形が整備されたために騎兵の圧倒的優位性は失われ、銃が発展したことで重く目立つ鎧は装飾的なものとなり、そして傭兵団の衰退は交渉と妥協を会戦から減らしつつあったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。