角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪代に流れる言伝を解く
雪代に流れる言伝を解く 1


寝室に戻ったテレナは、物音にびっくりしたかのようにしている同室のカロネと目があった。

 

「っ……テレナさん、今日は早く寝るのね」

 

少し上ずった声でカロネは言う。学院に戻ってきてまだ数日の彼女の荷物は、まだ完全にはほどかれていなかった。

 

「今日は対応しなくちゃいけない手紙が少なかったからね」

 

「……そう」

 

カロネはテレナが何をしているのか、完全に知っているわけではない。しかし彼女が冬の学院に残りながら、単なる給仕をしていたわけではないことは理解していた。

 

対象は統合王国。王室の中枢に近いアニドと組んだ、壮大な計画。間違いなく聖座も絡むほどの規模だ。それは敬虔なカロネにとっては信仰を乱しかねないものであったが、ネヴォエリ王国の副公爵令嬢としては危なくない範囲で知っておくべきことだった。

 

「あと、他人の本を勝手に読むのは程々にしなさい」

 

テレナの言葉に、カロネは驚いた顔をする。素直なのは美徳だがこれでは社交界は苦手だろうな、とテレナは息を吐いていた。

 

「どうして……」

 

「理由もなしにわかりやすく見えるところに危ない本を置くほど私は愚かではないわよ。あとそれはフュルシーア嬢から没収したということになっている本だし、普通に統合王国では発禁を食らったらしいわ。妥当よね」

 

「……私も、そうだと思います」

 

それはフュルシーアが書いた、そうでなくとも原案を作った小説だった。間違いなく作品の語り手は卒業した修女であるエネトをもとにしていたし、作中で彼女の父と明かされる聖職者はリュクバーンをもとにしていた。

 

もちろん、登場人物と背景は大きく変えられている。フュルシーアが採用したのはあくまで二人の関係であり、二人の起こした学院の中の陰謀ではない。そもそもその二人の関係というのも、フュルシーアの想像、もっと正確に言うなら妄想の産物なのであるが。

 

「それで、面白かった?」

 

「……よくないと思います、こういう本は」

 

「まだ読み切ってない?」

 

「……はい」

 

テレナの問いに素直にエネトは答えた。それを隠すという発想は彼女にはなかった。

 

「なら私から本の内容についてあまり詳しく言うのはやめておくわ。恨みを買いたくないもの」

 

「この本は……返します」

 

「いいのよ別に」

 

「その、勝手に読んで……すみませんでした」

 

「私からは流石にこの本を読まないかとカロネさんに誘うことはないけど、カロネさんが手に取ったのであれば別に構わないわよ」

 

「そういうことじゃなくて……」

 

「あなたの心の中の罪の話?姦淫を書いたものを読めば罪にでも問われるとでも?」

 

テレナは立ち上がり、カロネの枕元に置かれていた、カロネのよく読んでいる本を手に取った。

 

「ええと、同じような父と娘の話か……あるいは悪徳の街の様相とか?ああ、情熱的な愛の詩もあるわね。こういう本はお好き?」

 

少し笑みを浮かべながら、テレナは聖典をめくっていった。

 

「……神の言葉を、そういうふうに読み取るものではありません」

 

「地に満ちよと言われて、そのような話を避けて解釈できると?あなたのような乙女なら避けられないものでしょうし、学院はそういうのとは無縁ではないと教えてくれたのはあなたよ」

 

テレナは依然カロネが伝えた薬の話を思い出していた。共学という場所は、どうしてもそういうものが起こり得る。

 

「……話を変えてもいいかしら」

 

「はい」

 

「その……レイルグくんと、フュルシーアさんの話。あの二人ってなんなの?」

 

「何か見たの?」

 

「いえ、普通に談話室で陣棋(シャセ)をやっているのを見ただけど……。手が触れ合ってもなにもなかったし、互いに目を見て普通に話していたから」

 

学院においても、仲の良い男女を囃し立てることはないわけではなかった。もちろんそれは学院らしくひっそりと噂されるものであったが、そんな彼らですら既にレイルグとフュルシーアの関係については何も語らなくなっていた。

 

「そういう関係なのよ、あれは。髪を染めたり、腿を枕にしたり。フュルシーア嬢はあれを愛人関係と言っていたわね」

 

「……未婚ですよね、二人とも」

 

「レイルグ君はええと、彼の故郷のティロは普遍派でいいのかな?確かに大きな普遍派風の聖堂はあったけど、大宗派戦争の元凶の地だからどっちもいるのかな……それとも後世で消えたか……」

 

「そうじゃなくて。フュルシーアさんも帰伏教なのはわかっていますけど、そういう問題じゃないんです」

 

「なら、どういう問題なの?」

 

「それは……」

 

そう言って、カロネは自分が考える不道徳な行為という概念が彼らを縛る理由があまりないことに気がつく。それはどう考えても過剰な接触だし、近すぎる距離であるが、それを否定するのはカロネの中の心の何かだけなのだ。

 

「……そう思っている人がいることは、二人に伝えておくわ。あなたがそう思うのは悪くはない。口にするのも、その覚悟があるなら良いことよ。否定するのであれば、さらに準備をするべき」

 

「肯定しないんですね、テレナさんは」

 

カロネの言葉に、テレナは頷いた。

 

「否定もしないわ。そのあたりに介入するのは私のやり方じゃない」

 

「抗議派だから……というわけでもない?」

 

「そうね。私は悪い本が好き。悪いこともしている。でも、私が罪に問われるならそれは悪いことをしたためであって、悪い本を読んだことではない」

 

「……悪い本を読むことは、悪いことではない、と?」

 

「もちろんカロネさんの故郷ではどう見なされるかは別よ、さすがにこれを堂々と持ち帰ったら学院で娘が汚されたって騒ぎになりかねないし……」

 

「なりそうだなぁ……」

 

カロネは故郷の人々を思い出していた。みんないい人たちで、カロネのことを心配してくれていた。学院に入って色々な、きっと彼らにとっては悪い考え方を身に着けてしまった自分は許されるだろうか、とカロネは考えていた。

 

「秘密は大切よ。正直でいるのと同じぐらい、何かを隠しておくことも大切」

 

テレナはそう呟きながら、自分たちが抱えている秘密を思い出していた。それらの中には新聞に乗せれば統合王国をもっと混乱させることのできる内容もあったが、テレナやアニドはそれを別の場所に流すようなことはなかった。それは自分たちの信用を守るためでもあったが、少しは残っている矜持や道徳観というものに依っているのかもしれないとテレナは考えていた。

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