角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪代に流れる言伝を解く 6

「テレナ・ノイーズ・イルデネ嬢」

 

「ひぃっ」

 

鍵のかかった部屋に入ってきたフュルシーアを見て、テレナは怯えた声を出して周囲を見渡す。最終課題の草稿をレイルグに見てもらっているシェプルスキアは、一瞬だけテレナを見て直ぐに目を伏せた。

 

「締切は、本日です」

 

「よ、夜に書き終わるので……」

 

「今日というのは、夕方に出る馬車に乗せるという意味です。学院を出入りする荷物の時刻についてはご存知ですよね?」

 

フュルシーアは笑顔を向ける。それはかつて南方街で学んだものだ。良いものを書く人は、しばしばその才能を得るために重要な能力を失ったとしか思えない状態にある。テレナはそこまでではなかったが、それでもやはり笑顔というのは仕事をうまく回すための良い方法だとフュルシーアは信じていた。

 

「……どうにか、なりませんか?」

 

「印刷の準備、それを運ぶだけの人足、そして配布の計画が進んでいるんです。時間的に余裕があるように見えても、細々とした作業をすればすぐになくなってしまうのですよ。特にテレナ先輩のような、期日を守らない人がいれば」

 

にじり寄るフュルシーアと縮こまるテレナを見て、シェプルスキアは息を吐いた。

 

「ところで、テレナって何を書いてるの?」

 

シェプルスキアは向かいのレイルグに聞く。シェプルスキアからすれば一つ下の後輩であったが、シェプルスキアにとっては有能な人物に助けを乞うことは相手の地位に関係なく当然のことだった。もちろん、それが公的な場であれば何らかの理由をつけるべきだということも今は理解している。だからこそ、こういった閉じた場所でレイルグに依頼を回しているのだ。

 

「檄文です」

 

知らない単語にシェプルスキアは首を傾けた。

 

「相手の悪事を突きつけて、自分たちの方につくように強い言葉で言うものですね。大抵は反乱とかの扇動ですが、たいてい失敗しているので反乱鎮圧のための演説とかも入ります。有名なのだと大支配地(イルパティム)の時代にあった告発演説ですね。聖語なら冒頭は言えますが」

 

「うーん、そういうのって話す人の力によるでしょ、もちろん文章を事前に確認して、相手の聞きたいと思っていることを主に入れて、聞きたくないことを混ぜつつ、本当に聞きたかったものを語るとか、そういうのは理想とはいえ努力すべきだし」

 

シェプルスキアはそういった話をする機会は何度かあった。父の死の後に族長として就任する時、たとえあのアズドの娘だとしてもと考えるものは参謀天幕にもいた。より正確には、その様に振る舞う者たちがいた。彼らの前で、シェプルスキアは声を張り上げた。

 

異論あるものは前に出るが良い、我が武勇に並ぶものを持って。それは総参謀エルガーツによって作られた文であったが、細かい言い回しはシェプルスキアの馴染みのあるものに変えられていた。

 

砲兵の拍手と、歩兵の掛け声と、軍馬の嘶きによって、それは承認された。それはイヴェリャン団の復活であったし、同時に進められる共和王冠国との交渉を進めるための一歩であった。

 

「そうですね。確かに今の修辞は文面での場合を前提としているところがあります。ただ、声はどうしても届く限界がありますからね。全ての民が広場に集まり、一人の演説を聞くことができればいいのですが」

 

「そういうの得意な人、たまにいるよね」

 

「シェプルスキア先輩はそうじゃないんですか?」

 

「やればできるけど、もっと上手い人はいてもおかしくないってぐらい。少なくとも、あたしの父さんはもっと上手くできた」

 

「……そうですか」

 

同君地域の東方で育ったレイルグは、イヴェリャン団のイプルカによる復讐譚を知っていた。だから、それ以上は語れなかった。

 

「で、話戻すけどなんでテレナがそれを書いているの?」

 

「全国民会です」

 

黙ってペンを走らせるテレナを横目に、フュルシーアが言う。

 

「ええと、ルメン七世のときの地方民会を統合王国の全体に広げたようなやつ、だよね」

 

「設立のための方の草案は僕が書きました。修正はされているとはいってもかなりそのまま向こうでも議論の対象になっている気がするんですよね」

 

「レイルグ君の文章が上手だったということでしょう」

 

フュルシーアはレイルグの方を見て、少し自慢げに言う。

 

「ともかくですね、それを作るためにはある程度の支持が必要なんですよ。というわけでフュルシーア先輩、あまり関係者が同意しなさそうなものを通す時にはどうします?」

 

「……あたしのやり方でいい?」

 

「はい」

 

「うーん、色々あるよね。レイルグ君の言いたい話はわかるけど、それ以外にも指揮官を呼び寄せて個人的に褒めた上で、これを通すことが将来のためになるのだ、今はこらえてくれって全員に言うとか?」

 

「統合王国の怠惰閥全員にそれができれば、ですが」

 

「だめかぁ」

 

シェプルスキアはレイルグの指摘を受けて肩を落とす。

 

「とはいえ、そういうことは既にされているとアニド先輩が言っていました」

 

「……レイルグ君は、お前は夜に刺されるかもしれないぞという脅し以外にいい方法は思いつく?」

 

「これを支持すればお前は民衆の味方だ、みたいなものぐらいですね。どちらにしても同じ意味ですが」

 

レイルグにシェプルスキアは頷いた。

 

「というわけでテレナ先輩にはレイルグ君の案をもとにいかに市民に力があり、それを主張する場が与えられていないことが不正かを述べるものを書いてもらっています」

 

「……テレナはそれでいいの?火事を消そうとして火薬を投げ込むようなものだけど」

 

「ルメン・デリロスに今なら全部押し付けられるのよ。リュクバーン枢要僧が裏でなんとかしてくれるでしょう」

 

「よく信じられるね……」

 

シェプルスキアは言うが、確かに彼ならできるだろうなという実感があった。もちろん、シェプルスキアはリュクバーンの政治的技巧を完全に理解しているわけではない。それでも、彼の人となりは学院にいた時に見ていた。

 

彼は良い参謀の才能を持っている。突撃を成功させる指揮官の隣にリュクバーンがいれば、恐るべき軍ができるだろう。しかしそれは、もしその連携が崩れた時に無謀な突進で相手の策にはまる愚かな指揮官が生まれることを意味していた。かつてのイヴェリャン団でそのようにして強敵に対峙した時のことをシェプルスキアは思い出していた。

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