角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪代に流れる言伝を解く 7

「良い装丁ですね」

 

鍵のかかった部屋の中で、差し込む夕日に照らされる本を見てフュルシーアは嬉しそうに呟く。普通の少女はこういった表情を宝石に示すのだろうな、などということをテレナは考えていた。

 

「そうなの?」

 

フュルシーアの隣のレイルグが聞く。彼にとっては本は本であり、せいぜい飾りがどの程度あるかぐらいでしか外見での判別はできなかった。

 

「そりゃあもう。上等の革に、ここまで細かな文様を刻める職人がどれだけいることか。それでいて派手ではなく、あくまで飾りに過ぎないようになっています。背の綴じ方も頑丈なやつで、これなら多少雑に扱っても百年は保つでしょう」

 

「そんなに保ってほしいものじゃないわよ、それは」

 

そう言いながら、テレナは背表紙に書かれた飾り文字を見る。フェルヴァジュ統合王国の財務情勢と必要なる措置、とだけ書かれたその本は、一年も経たずにそれが発行されたのは、間違いなく速いと言ってよかった。このためにおそらく統合王国中の財務官僚が苦労したはずだ。

 

だが、それだけの価値はあった。少なくともこれと同じものが、重要な場所に届いているはずだった。そしてそれは、今後の統合王国の方向を決めるための重要な指標となる。舵を定めたら、どの程度帆を張るかを決めねばならないのだ。その調整のためには、数字がなければならない。

 

「問題は内容の方です。草稿の方は読みましたが……」

 

レイルグがフュルシーアの手の中から本を抜き取ってめくっていく。そこにある数字は、慣れた人でなければ読み取りにくいものだった。しかし、学院の授業にはそういったものの裏側にあるものを深く理解するために必要な技術を教えるものもある。それを受けたからといってすぐに読めるようになるわけではなかったのだが、この部屋に入ることのできる学生たちにとってそれは前提に過ぎなかった。

 

「……ああ、ちゃんと追加されていますね。請負人の状況まで断片的なものではありますが乗っています」

 

レイルグはその数字を見て深く息を吐く。推定される収入と支出がまるで噛み合っていない。つまり、個人に対して国家が本来請け負うべき犠牲を押し付けているのだ。

 

「テレナ先輩、請負人制度の廃止についてどう思います?」

 

本から目を上げたレイルグが、テレナの方を見て尋ねる。それは統合王国の税制を支えてきた重要な人物であり、彼らなしには徴税は成り立たないものの、それが生む多くの問題のために最終的には廃止しなければならないものだった。

 

「いくつか言い回しは用意しているよ、いくつかは忌まわしき私の家庭教師の言葉だけど」

 

「どういうものですか?」

 

「王勅の強盗、とか。つまり搾取に対しての勤勉さよ。彼らが慈悲を示しても、彼らに与えられる報酬は過酷な徴税権の購入による負債。逆に、彼らが人として振る舞わないことで彼らは富を得る。血を啜る貴族以上の悪であり、それは統合王国の生んだものよ」

 

「物は言いようですね、海賊にも同じような王勅を出しているじゃないですか」

 

フュルシーアは小さく笑って言う。

 

「ほとんどの人が面倒な海事分野には手を入れないのよ。ネア先輩なら多少は知っているかもしれないけど」

 

「南方街も別に大内海をそこまで使っているわけではないですし、大西海で色々やる教主国とは特にそういう方面の取引は……ああでも珈琲と砂糖とかの上質なやつはそこ経由ですね」

 

「関係あるじゃないの。というより、今の教主国って大丈夫なの?」

 

テレナがフュルシーアに尋ねる。学院の授業においても、教主国というのは微妙に扱われないものだった。かつての学術と経済の中心地でありながら、今は内部の問題と植民地の維持に苦しむ国家となっている。

 

「統合王国が混乱しても切り取るだけの軍を出すのは少し難しそう、というぐらいですね。地方が教主国を後ろ盾に独立するとか言うなら支援はできるでしょうが、その支援も限定的でしょうしそもそも統合王国の地方が異教徒と手を組むのは難しいのでは?」

 

「よく事情をご存知で」

 

テレナはそう言って息を吐く。異なる文化というものは、しばしば偏見混じりに語られるものだ。特に教主国の軍備については、統合王国の変化にどう影響するかを考えるために調べたもののよくわからなかったテレナからすれば、シェプルスキアの語る常識的な見解すら統合王国語では手に入りにくい類のものだとわかっていた。

 

「海上拿捕権限はいくつかの地域で出されています。特に冷海同盟のそれは凄いですよ、同盟名義の免許は非常に高額ですが、その見返りも相応のものです。なので株で出資を募って略奪品を分配するなんて言って金を受け取って消えるというのは珍しくありません」

 

「略奪品って言ってしまっているじゃないの、一応はあれは受けた攻撃に対する正当な報復の一環としての攻撃を委任しているとかなんとかってことになってなかった?」

 

「冷海同盟の法曹はその手の言い訳を作るよりも裏切りをされても金を回収するための制度を作るほうが得意ですし、その裏をかいて上手く金を持って逃げ切るための計画を立てるほうが得意なんですよ」

 

「酷い地域ね」

 

「素晴らしい故郷です。彼らは実に平等ですよ、統合王国人でも同君地域の人でも、あるいは同盟内の人でも平等に騙して絞り上げます。だからこそ南方街もそこまで酷い仕打ちを受けているわけではないんですね」

 

フュルシーアが言っていると、本を読み進んでいたレイルグが軽く彼女の袖を引いた。

 

「なぁに」

 

「フュルー嬢、これの解説本は売れそうですか?」

 

「誰が書くか、だと思う。セラベール卿はあまりその手のものが得意ではないし、作者で売れるような肩書では……いや、この際ここで彼をもっと有名にするのはありかもしれないな」

 

そう言ってフュルシーアは少し考える。財務大臣という肩書は決して空虚なものではない。それは統合王国において上から片手で数えられるほどの序列に位置するものだ。実際の宮廷での彼の扱いはあまりそれを反映していないが、それすら活用することはできる。

 

「……フュルー嬢が良くないことを考えている時の顔をしている」

 

「こうなった時の彼女は笑顔のときよりも場合によっては怖いわよ」

 

「前に締切を破って酷い目にあっていたテレナ先輩が言うと説得力が違いますね」

 

テレナはレイルグの皮肉に、社交界向けの笑顔を浮かべるしかできなかった。

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