「彼女についてどう思う?」
ヨルワは教授室に呼んだシェプルスキアに新入生についてまとめた書類を見せる。
「……直接顔を合わせないと、なんとも言えないです」
「正直ね」
シェプルスキアの答えにヨルワはそう呟いた。総権国からの学生は、学院に過去にいなかったわけではない。しかしそれは総権国の貴族の肩書を持ち、統合王国で暮らしているといった例がほとんどだ。
「エレーリヤ・スカヴチナ。女官補としての立場がある十六歳。今は統合王国にあるルウォロド総権国首都公使館で働いている、となっているわね」
「本当なんですか?」
シェプルスキアは尋ねる。学院に入る前の年齢の人物であっても最低限の仕事をこなしうることを彼女は自分の経験から知っていたが、それが決して一般的な結論を引き出すためには使えない特殊な例であることも理解していた。
「さあ、学院に送られた背景に嘘が書かれていても私たちには知り得ない。少なくとも推薦文については問題なしよ、なにせ学院卒業生であるエフナチェルカ一世が、手ずから個人的に署名をした推薦状がついてきたのだもの」
「……それって、本当に個人的なものなんですか?」
「向こうはそう言い張れる。勝手にそこに女総権者の姿を見るのは私たちの方、というわけ。しかし見ないわけにも行かないのよ。学院はそういう立場にあるのだから」
ヨルワは統合王国の邸宅社交界で長らく面倒な調整を担ってきた人物であった。それは洗練された文化とは何かを決めるものであり、大臣の人事から税金の範囲まで実務的な分野も多少は議論される場でもあった。その中で彼女は色々とやり方を成功と失敗から学び、そして自分で編み出してもいた。
「ええと、じゃあ統合王国語はできるんですか?」
「話せるはずよ。だから、指導役は不要であると」
「……まあ、たしかに今の第一学年にそういう細かいところできそうな子はいませんけど」
「普通はもう少しいるのよ。運が悪いのよね」
ヨルワは言う。眼の前にいるフュルシーアの一つ上の代もあまり良くなかった。数少ない有望そうな学生であるネアは、丁寧にその立場を辞退した。だからこそ、学院はウィルトールから推薦があった同学年のテレナを指導役としたのだ。
ウィルトールの名前は、ヨルワも聞いたことがあった。彼女が主催する邸宅社交界に来ることはあまりなかったが、それでも少し前の統合王国の有名人であった。その彼が過激な発言で追われたとは聞いていたが、どういうわけか同君地域で弟子を見つけていたと知ってヨルワを含む教授陣は悩んだものだった。
そして送られてきた論文は、地域産業について学院で教えられる範囲を超えた具体的な実践が述べられたものだった。当時の農学の教授ですら、その内容がどこまで妥当かは実際にその地に行って三年はかけて確かめないとはっきりしないと言うほどのものだった。すなわち、明確な問題点や論理の過ちはなかったのだ。
それは確かに、農学者が書いたものとして見るのであればいくつか論じられていない点もある二流のものだった。しかし、統治者の妻が持つべき視点と教養を示すには十分だった。だからこそ、彼らは実力をよく知っている当時の第一学年よりも、まだ見ぬ新入生を東方から来た女領主の指導役とすることに決めたのだった。
結果は、学院が想像していた以上のものであった。学院に在学中に、学生が小さくない仕事を成し遂げることはままある。ただ、国家一つを丸ごと動かし、そしてひっくり返しながらもその構造を維持するという離れ業をやってのけた例は、ここ百年の間にはなかった。
「……これが本当だったら、あたしほどじゃないけど仕事はできるのかな」
「女官補と言えば統合王国ではそれなりに良い家でないとなれないし、王妃にも名前を覚えられることがあってもおかしくない程度なんだけど……総権国は統合王国のやり方から離れることを決めて独自のものを多く入れているのよね。名前だけ変えたものもあるけど」
「そうなんですか?」
「こっちだと民会に相当するものが、あちらだと
「ええと、本来は有力貴族の集まりで、皇帝を補佐したり邪魔したりするところ、ですよね」
「ええ。古典と史学をしっかりと学んでいるようで何より」
「あの頃の戦いって今できないだろうものが多いんですよ、その違いは何なのかを考えるのは参考になります」
そう言うシェプルスキアを見て、ヨルワはこの学生も変わったなと考えていた。かつてのシェプルスキアは、良くも悪くも硝煙の匂いがしていた。今でも世界を切り取る時に見せる冷酷な目は変わっていない。しかし、その有用かどうかの解釈の幅が広がった。それは学院が学生に提供したい視点であったし、そういう意味でヨルワは良い学生の成長に少しの満足感を覚えていた。
「……話を戻しましょう。エレーリヤ・スカヴチナについては、直接の指導役を置くつもりはありません。しかし、彼女が総権国出身であること、そして近年の情勢を鑑みるに、彼女の学びに資するように、助力をお願いします」
「それは、学院の教授として?」
シェプルスキアはそう言ってヨルワを正面から見つめる。
「統合王国の貴族として、でもあるわ」
「……わかりました。あたしのような身でよろしければ、全力を尽くさせてもらいます」
「そこまで気負わなくてもいいわよ、学生にすべてを任せるつもりもないから」
「……大丈夫なんですか?」
「婚約破棄事件すら、学院はどうにかできたのよ。もちろん学生の尽力を否定するつもりはないわ。それでも、それはあくまで支援に過ぎないの。教授という立場を与えられているのなら、それに見合った仕事をしないのは恥であるし、怠惰よ」
ヨルワはそう言いながら、かつて統合王国にいた人々を思い出していた。彼らは自分の貴族としての仕事を誇っていたし、そこに矜持があった。ヨルワから見ればそれがたとえ地方寄贈の権力をその基盤から引き剥がすための仕事のない役職であったとしても、それを口にはできなかった。実際のところ、本当に貴族の肩書にふさわしい仕事をしている人々こそがしばしば恥と怠惰を覚えているのであった。