角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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雪代に流れる言伝を解く 10

入学式のための開場の準備は、在校生たちの仕事だ。とはいえそれなりの人数で一気にやってしまえば基本的なものは終わる。あとはその指揮をしていた最高学年の学生が、ゆっくりと残りの仕事をしていくだけだ。

 

「で、アニド卿はさぼり?」

 

シェプルスキアは洗われたての亜麻布を机の上に広げながら言う。

 

「統合王国の方で色々と情報収集よ、ルメン・デリロスの発言の影響とおまけで統合王国首都にある総権国公使館まわりの噂集め」

 

テレナはそう言いながら、布の隅をつまんで丁寧に皺を伸ばしていく。この種の作業は来賓をもてなす事の多い下級貴族には不可欠な知識であり、そういったところを学ぶ機会が多い学院をテレナは気に入っていた。

 

「ああ、エレーリヤさんだっけ」

 

「そう。彼女が……使える人だと良いのだけど」

 

「テレナの使えるって、相当だからね?」

 

「レイルグ君やフュルシーア嬢程度でいいのよ」

 

「あの二人を入れたせいで新しい第二学年の学生からは新しい人を入れられなかったでしょ」

 

「そうだけどさ……」

 

そう言いながら二人は準備をしていく。夏の短い休みも終りを迎え、学院には学生が戻ってきていた。とはいえそれらの風情を楽しむほどの余裕はテレナにはなかった。

 

統合王国から届く手紙を分類し、整理し、状況を把握し、返信していく。おそらく宮廷社交界以上の情報が学院には集まっていた。地方の情報は、なかなか中央からは見えない。遠くとも全体を満遍なく見ることのできる隣国のほうが良い場合もあるのだ。

 

そして、その視点を理解しているであろう人物が二人、学院にやってくる。そして二人とも、統合王国について深い興味と理解を持っているはずだった。

 

「あとそうだガルース教授。テレナはもう会った?」

 

「まだよ、顔も知らない」

 

「多分この人だろうなっていうのは見かけたよ」

 

「どうやってわかったの?」

 

「見慣れない顔で、学院に慣れていなさそうな雰囲気だったけど、歩き方がこういう場所に慣れたものだった。じっと観察していたけど、声をかけたあたしをじろじろ見る感じじゃなかった」

 

「なるほど、鍛えられているわね」

 

社交界では相手の表情を良く観察する必要があるが、じっと見つめ続けるのも良くない。ここぞという時に視線を合わせるという効果を発揮させるためには、微妙な調整が必要だった。それをシェプルスキアが会得したのは幼い頃であったが、言葉にできるようになったのは学院に入ってからだった。

 

「あの教授の授業、テレナは取るの?」

 

「どうするか難しいのよね、第四学年は最悪学院にいなくなってどうにかなる。けれども、この場所から動く利点が今のところない」

 

「そう?」

 

「アニド君は別よ。彼は宮廷で育って、宮廷のやり方を知っているからこちらでもあちらでも動ける。でも私が知っているのは故郷と学院。故郷に戻ったところで、手に入るものはない」

 

「ほら、家族と会うとか」

 

「……そうね、それはある」

 

テレナは呟く。それは、最後の思い出作りにはなるかもしれない。領地に起こる悲劇をその場で見届けるのは、ある種の責務だろう。その後のことを考えても、あの時に共にいたという事実のほうがここで動くよりも役に立つかもしれない。

 

ただ、それは逃げているという思いがテレナの中にはあった。自分が戦うことのできる戦場を捨て、守りたかった人を戦場に送り出すのだ。たとえテレナのいる場所が命の賭けられていない学生の遊び場と言われようが、それでも自分のできる最も良い戦いの場所がここなのだとテレナは考えていた。

 

「誰もさ、テレナを悪くは言わないと思うよ。誰もできないことを、一人に押し付けるのはどう考えてもろくでもない人だし」

 

「……重みが違うわね」

 

「まあね、あたしはなんだかんだで上手くいっちゃったけど、テレナがそうなるとは限らないし、多分そうならないと思うし」

 

「……どうして?」

 

「なんていうかさ、テレナって誰かを率いたり動かしたりするのが苦手そうなんだよね。もちろん一人を説得したり、何人かと取引するとかならあたしより得意だと思うけど、そうじゃなくて」

 

「……扇動、ね」

 

「鼓舞とか指揮とかって言おうとしたけど、そうだね。あたしは兵士たちに死ねって言って、死なすことができる」

 

それはシェプルスキアが自覚した力だった。自分の言葉で敵も味方も殺せるのだと言葉で理解した時、シェプルスキアは自分の立場が重いのだとわかった。ただ、その重さを適切に振るうことができれば、それは間違いなく大きな武器になるのだとも理解していた。

 

「それを自覚しておくのは大変だけど、自覚しているほうが強いわよ」

 

「そうなんだけどさ、わかっちゃうと……うまく行かないことってあるよね」

 

「どういうこと?」

 

テレナは返しながら、別の机の上の布を確認する。

 

「弓とかもそうなんだけどさ、ああいうのって練習して上手くなるのって最初だけで、それからはずっと上手くなるのが止まるの。で、たまにちょっとできるようになる。その繰り返し。それであたしは前に参謀の一人から言葉で教わったんだけど、考えすぎて逆に上手く行かなくなった」

 

「……考えすぎてしまう、ということ?」

 

「そうかも。あたしって普段は慣れたように身体を動かすからさ。でも考えて動かせれば、そっちのほうが強いわけでしょ?」

 

「直感というものは無視するべきではないわ」

 

「テレナはどうなのさ」

 

「いい手を思いつくのは直感のところがある。それをちゃんと評価するのとはまた別」

 

「そういう感じなんだ」

 

二人の作業のおかげで、大広間の準備は進んでいく。少し前に卒業生が立っていた場所に、新しい学生が並ぶことになるのだ。そう思うとテレナもどこか寂しい気分になる。

 

ただ、それがただの気の迷いだと断じなければならない、とテレナは理解していた。学院はあくまで貴族として生きるうえでの通過点に過ぎない。少なくとも、学生にとってはそうだ。ここを最後の場所と決めたような教授はともかく、多くの人にとって学院はかつて通った場所になることが決まっている。

 

わずか四年。ここで学べることは少なく、四年という期間も短い。その最後の一年が始まろうとしていた。そして、おそらく問題が起こるときは一瞬なのだろうな、とテレナは今の情勢を考えながら最後の机に布をかけていた。

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