角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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策謀と共に役者は演じる 3

上級生の寮の談話室で、フュルシーアは髪を覆っていた黒い布を外して手入れのために油を塗っていた。

 

「……楽しそうね」

 

それを横目で見ながら言うのはテアリア。統合王国の地方派伯爵の娘だ。

 

「久しぶりに陰謀ができるから、ですって。南方街仕込みの技は怖いわよ」

 

テレナはそう言って小さく笑う。

 

「……さて、じゃあ今日の話」

 

そうテアリアが言うと、テレナは真剣な表情をして長椅子に座り直した。

 

「エレーリヤさんは人気者よ。第一学年の子たちと仲良くなってるし、第二学年でも私の後輩が声をかけられていた」

 

「……派閥みたいなもの、よく作れるね」

 

テアリアにテレナは呟く。

 

「ファーネスタ様がやっているのを見たからね。今の私はきちんと刃物の柄を向けられた後輩がいたら、犯人を問い詰められるから」

 

「……ファーネスタ姉は、それができなかった人だったね」

 

「……いいところなのよ、そこが。ともかく、彼女は間違いなくあなたたちの同類。そこは安心して」

 

「今回の場合あまり安心できないんだよな……」

 

テレナはそう言って天井を見る。角灯のたまに揺らめく明かりがぼんやりと明るい場所を作っていた。

 

「そんなに警戒すべき?もちろん変な子だとは思うけど、あなたとシェプルスキアさんと私はもう三年も付き合っているのよ?あとは南方街の後輩とも。あと何があれば私は驚ける?」

 

「うーん、じゃあ総権国が統合王国の混乱を起こそうとしていて、地方派に工作を仕掛けていることとかかな」

 

テレナの言葉に、テアリアは黙り込む。

 

「……本当?」

 

「本当ですよ、テアリア先輩」

 

髪を整え終わったフュルシーアがテレナの隣りに座って言う。染められた髪に思わず視線を寄せてしまうテアリアに、テレナは息を吐いた。

 

「……説明してもらえるかしら、フュルシーアさん」

 

「はい。まずは今の統合王国の話をやっと帰ってきたアニド先輩の話を元にまとめると、各地で暴動が起こっています」

 

「まだそこまでではないわよ、抗議ぐらい」

 

「不幸な死者が出ている抗議は暴動ですよ、テレナ先輩」

 

フュルシーアは言う。それは今のところ新聞で大きく報道されたわけではなかったし、長い手によって隠されていた。しかし発砲、群衆の衝突、あるいは馬に蹴られたというのは稀ではなかったし、抗議者にとって死は別に遠いところにあるものでもなかった。

 

人間は簡単に死ぬ。赤子は理由もわからずに呼吸を止め、子供は川に落ちる。仕事中に倒れて二度と目を開けないこともあれば、他の理由で死ぬことも。徴兵されれば戻ってこないことも珍しくない。

 

「……そうね。あまり安易に口にするべきではなかった」

 

テレナは目を伏せる。しかし、そのありきたりな死がもたらすものを彼女は知っている。それは暴動の原動力となるだけではない。そこには人生を奪われた人がいて、誰かを殺した人がいるのだ。

 

テレナは奪われていい人生などない、とは言わない。全ての人が殺人者としての呵責を背負うとも思っていない。それが傲慢だと言われれば、その通りだろう。しかし彼女は事実を否定するほど理想主義者ではなかった。ただ、理想を否定する言葉を吐けるほどの信念を持ってはいなかった。

 

「ともかく、状況は悪いのね。それで、その裏に総権国がいるの?」

 

「そういう気配がする、とアニド卿は言ってましたね。そして私は前の冬の学院でエレーリヤ嬢の父に少し助言をしている」

 

「なんて?」

 

「総権国が持っている力を彼女にも持たせろ、って。つまり、彼女は学院における総権国の大使としての立場を持っているはずなのよ」

 

「……学院の学生に、そんなものを?」

 

「それだけのことをする価値がここにはある、って私は言った。実際どうなったかはわからないけど」

 

テレナの言葉を聞いて、テアリアはしばらく黙る。

 

「たぶん、そのくらいはやるんじゃないかな。なんていうか……嫌な感じがするのよね、エレーリヤさん」

 

「シェプみたいなこと言うね」

 

「かもしれないわね。あれは……多分、エネトと同じ」

 

彼女が敬称もつけずに呼んだ名前は、聖座からの推薦枠で学院に来ていたリュクバーンの教え子のものであった。

 

「策を練って、行動できるような人?」

 

「そう。でももう少し活動的な気がする。派手に目立つこと自体が目的っていうか……」

 

「陽動、ではなさそうね。とはいえ外交官にとって悪名は無名より良いものでしょうし、十年後に彼女が北側世界を盤面とした指し手になるならそもそも知られているということは大切よ」

 

「……私は、彼女を知らないのよ」

 

「父親の外交官は平民上がり、彼女自身も公使館であまり直接仕事をした形跡がない。外に触れる機会がないのだから、当然では?」

 

「そうじゃなくて。彼女はだからこそ知られようとしているの。それにやり方は決して悪いものじゃない。少なくとも彼女は友達を作っているように見える。あなたと違って」

 

テアリアは皮肉を言う。

 

「友達、ね……」

 

「私はどうですか?」

 

隣りに座って話を聞いていたフュルシーアが口を開いた。

 

「あなたは友人だろうが騙すでしょ、信用ならない」

 

「騙すだなんて酷い、一応はこれでも経典に沿って生きている身ですからね」

 

自身ありげにフュルシーアは胸を張った。

 

「ともかく、本当に策謀を練るなら友達は作れないのよ。だからこそ学院がある」

 

「どういうことよ、テレナさん」

 

テアリアは尋ねる。

 

「完全に割り切れる人ばかりなら、それはそれで陣棋(シャセ)のようなやり方ができる。でも多くの人はそうじゃない。自分と同じ言葉を話す味方と、そうでない敵をわけてしまう」

 

「……学院は、みんなが同じ言葉を話している、場所?」

 

「そういうこと」

 

テレナは言った。

 

「言葉っていうのは難しいものですからね」

 

頷きながらフュルシーアは口を開く。

 

「フュルシーアさん、どういうこと?」

 

「私は経語を話せます。総権国の方では宮廷でも総権国語を使うようになったと聞きました。言葉というのはテレナ先輩が言ったようにわかりやすく区切るんですよ。でもそれを信じている相手には、言葉の上手い人によって騙せるんです」

 

事実、フュルシーアは学院でそういうことをしていた。今では少し訛りがある程度になった統合王国も、当初はもう少し不慣れに聞こえるものだった。実際に不慣れでそれを活用したのか、あるいは全て演技であったのかどうかについて、フュルシーアは語っていなかったし、語るつもりもなかった。

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