「で、今日は何を話せばいいんだ?」
鍵のかかった部屋に座るアニドは、向かいのテレナを見ていた。
「ええと、どこまで聞いたかしらね。暴動の実態?財政改革に賛同する社交界の話?あるいは『墜ちる灯火』の何度目かの摘発?」
「じゃあ、あと言ってないのは何だ?リーディスワ夫人がテレナ嬢の絵を描いているとかか?」
「それは聞いていない」
「とはいえ俺も直接見たわけじゃないからな、本人がそう言っていただけだ」
そう言って、二人は溜息を吐いた。
「……私たちがどうにか介入できる範囲にあるのかしらね、これ」
「まあ、地方民会と司法議会の復活はほぼ確実になった。財務大臣の部下たちがが予算に苦しむことになるが、まあそれはいつものことだ」
「彼らの恨みが私たちの方に飛んでこないことを祈るばかりね」
「……話を変えるぞ。二人について、どう思う?」
アニドは声を低くして言った。
「二人ともこの場所は見つけている。ガルース教授の部屋の近くでもあるし、テアリアさんはシェプルスキアを追跡するエレーリヤ嬢を確認している」
テレナは呟いて鍵のかかっている扉を見る。さすがにこの会話を外側から聞くのは無理だろうが、こっそりと忍び込むことは不可能ではない、ぐらいにテレナは考えていた。
「シェプルスキア嬢みたいな狩人が狩られる側になっているのか、恐ろしい」
「古くからある戦術よ、陽動と本隊。そしてシェプルスキアは陽動に慣れている」
「……なるほど、狩られる側に回っているのはエレーリヤ嬢か」
「そういうこと。彼女はそれなりに第一学年と第二学年を中心に積極的に人脈を広げている。私たちと直接話す機会は少ないけれど、元気な子だと聞いているわ」
「フュルシーア嬢みたいだな」
「もう少し普通の子ね。統合王国の作法に慣れている」
アニドはその言葉を聞いて少しだけ違和感を抱いた。
「……なあ、彼女は総権国の出身だよな?」
「そうね」
「どうして彼女が、統合王国の作法に慣れているんだ?」
「私でも実戦ほとんど無しでなんとかなったのよ、彼女ぐらいなら当然では?」
「お前を基準にするな、統合王国でも悪名高い思想家が、年単位でつきっきりで作法を教えたわけじゃないんだ」
「そこまでじゃないわよ作法自体をやったのは。……まあ、学び方という点では私はそのぐらいの時間がかけているけど」
テレナは言う。それは領地を見て、貴族の娘として見ていた時の価値観を壊して、その上で貴族の作法を欺瞞という視点で見ることを学んだからこそできたことだ。
「総権国にいた時から彼女は仕込まれている。それも宮廷全体でやり方を統合王国風から独自の東方風のものに変えたあの女総権者の下で、だぞ」
「……こちら側のやり方は、理解しているか」
「だからな、もういっそのこと二人をここに招いてしまったらどうだ?」
アニドはそう言って両手を広げる。
「……かなり難しい決断なのよ、それは」
テレナは言う。ただ、その意見のある種の正当性も理解はできた。あれこれ悩むというのは、時間という対価を払って得られる贅沢だ。そしてその時間がないからこそ、自分たちは動いているのだ。
「むしろ困ることは何だ?」
「総権国や同君地域が統合王国の実態を知ること……」
「実態を知って都合よく崩壊する状況に持っていってくれればいいな、あとおまけでルメン・デリロスもどうにかしてくれると助かるが」
「できると思う?少なくとも例の告発では動いていたはずだけど」
テレナの言葉にアニドは首を横に振った。
「無理だろうな。外交官のやり方っていうのは、特定の一人を狙って声をかける俺達みたいなものだ。その点だとフュルシーアのほうが近い。総権国だって全部理解してやってるというよりも、南方街の動きに乗ったと見るべきだ、と言っていた」
「誰が?」
テレナの問いかけにアニドは何も言わず腕を伸ばした。
「……長いわね」
「ラストゥイル公爵はお忙しいようで、引退している侍従長は国王陛下との調整中だそうだ」
「……調整?」
「一応は王勅で動かないと面倒だからな、そのあたり」
「ルメン八世についてあまり噂を聞かないけど、大丈夫なの?」
テレナの問いかけに、アニドは少し黙る。
「なにか言いなさいよ」
「俺の伯父に当たるわけだし、宮廷で見ない顔じゃない。なにせ主役だからな」
「それなのに、よくわからないの?」
「良くも悪くも七世が強すぎた。あれに比べれば穏健だが、派手さがない。そのおかげで一度は潰されたかなのように見えた地方派が息を吹き返したと言うべきか、まともに仕事ができる貴族が復活して統合王国が回るようになったと見るか……」
アニドから見た統合王国は、完全に統合されたほうが良いとは到底言えないような状態であった。ただ、それでも名前に統合という単語が入っているように方向性としては権力を集める方に向いているのだ。これはそうしたくてもできていない同君地域や、そもそもそうするつもりのない冷海同盟と比較して一つにまとまっている統合王国の特権とも言えた。
「……あと、そうだ。ルメン・デリロスはどういう扱いをされている?」
「抗議者からは英雄。王室派からは裏切りものだというのが半分、彼についていけば悪いことにはならないだろうというのが半分。地方派も似たようなものだな、多少追随者が少ないが」
「もともと例の本の時点で学院派と購官貴族は第三王子側だし、これって改革の下地は整っているのでは?」
「テレナ嬢、同じ聖典を持っていて争った歴史上の例を知っているか?」
「いくつか。なるほど、ルメン・デリロスをどう見るかか……」
「フュルシーア嬢の方向で刷っている小冊子はあるが、それはあくまで読まれなければ意味がない。誰もが共有するルメン・デリロスというものは、まだない」
「リュクバーンは?」
「会えなかった。エネト嬢にもな」
「聖座の枢要僧がこの時期に社交界にいない?」
「奇妙なんだが、逆に言えばそれだけなんだよな。テレナ嬢のところには既に弁明の手紙が届いていたんだろう?」
「まあね。私からは色々と修辞の上でちゃんと手綱を握っておいてくれ、さもなくばみんな破滅だって書いたけど届いてるかどうか」
アニドは肩をすくめた。少なくとも、今の統合王国の情勢はわからない。ひとまず落ち着くまで待つことすら、正しいのかどうかわからなかった。