角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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策謀と共に役者は演じる 6

「ルメン・デリロスの発言以前の統合王国の情勢についてまとめていたものです」

 

ガルースのまだ物が少ない教授室の机の上に収まりきらないほどの地図をテレナは広げて言う。薄手の紙を四枚丁寧につなぎ合わせて作ったそれには、統合王国の拡大された地図と都市、それらについての書き込まれた紙が貼られていた。

 

テレナがずっと持っていた紙が何なのか気になっていたガルースとエレーリヤは驚きを隠しながらその地図を見る。それは二人が見たことのない手法だった。テレナが自力で編み出した、独特の方法だ。

 

情報を図として整理する技法は、近年次第に発達していた。セラベールの名によって発行された「フェルヴァジュ統合王国の財務情勢と必要なる措置」にも、一部には冷海同盟の一部で分析のために用いられていた図法が採用されていた。ただ、印刷の難しさから未だ導入には制限があった。ただ、手描きであればそのような制約は少ない。複製できなくとも、誰もが見ることのできる場所に一つあればいいのだ。

 

陣棋(シャセ)の棋譜にも、影響を受けていた。もちろんほとんどは単なる文字で表記される。それは普通の活字で印刷することができたし、何より紙面を使わなかった。しかし初心者向き、あるいは素早く盤面を把握したい人向けに安い印刷ではあるが具体的な定石を示したものが作られていた。専用の印刷が必要となったが、それでも陣棋(シャセ)はまだ各種の要素を使い回すことができた。

 

「……これは、よく作ったものだな」

 

やっと口を開いたガルースが言う。日付、そこにある小さな注釈、矢印で示された時系列に基づいた動き。それらは読み取ることができれば、いかなる外交官ですら成し得なかった洞察を実現するものだと彼には理解できた。

 

「……なんですか、これは」

 

エレーリヤは自分が学んできたものとは違うものを見た。彼女の思考の整理は、紙に文章として書き出すことだった。それは彼女の学びの多くが本から得られたものであったというのにも由来する。総権国に一人の学者を招聘するより、百冊の本を運んだほうが安上がりだ。もちろんそれは実際の対面での教育の価値を下げるものではないが、それでもエレーリヤの思考は紙上の文字に強く依っていた。

 

だが、エレーリヤの眼の前にあるのは本では表せないものだった。これを印刷することはできない。いや、銅版画として作ることはできるだろう。熟練の職人であれば上手く活字を配置するなりして、もっと効率よく作り出せるかもしれない。しかし、それで作られたものは死んでしまったものだ。

 

この図は生きている、とエレーリヤは考えていた。変化していくのだ。それは丁寧な世話が必要であるが、それに応えるものだと理解していた。

 

「ルメン・デリロスの冬の宮廷での例の発言以降では、俺達は詳しい話を掴めていない。だが、統合王国は間違いなく動いている」

 

アニドが言う。それは嘘ではなかったが、いくつか肝心なところをぼかしてはいた。アニドは学年が変わる夏の休暇の間に統合王国に戻っていたが、それは噂を集める受動的なものというよりももっと積極的な、顔を合わせねばできない話をするためだった。

 

もちろん彼の立場は強いわけではない。ただ、彼がやり取りしていた相手同士の会合を手配したり、あるいは手紙では言えないような直接的な言葉や秘密を交わすことはできた。

 

「そういうわけで、私たちはここまでやっています。おそらくこの図だけでも、貴方がたはここに来た意味があったのでは?」

 

ガルースは静かに頷く。本来であれば、これを知るだけで半年をかける計画であった。ハッヘンヴルト家の血の繋がりは統合王国にも伸びているが、統合王国の内側でそれらから集めた噂を整理することはできない。だからこそ、学院という場所が必要だった。

 

人数を絞れば人の出入りがあっても疑われにくく、そして道は統合王国の各所まで伸びている。手紙の併用も、ハッヘンヴルト家のやり方で行うつもりであった。

 

「……先輩方は、何をしたいんですか。これで」

 

エレーリヤは、計画が狂ったことを理解した。彼女は先輩であるテレナやアニドが統合王国に関する何かをしていることを掴んでいた。後輩として動き、ある特定の部屋がその計画のために使われているところまではわかった。だからこそ、どうにかしてそこに潜入し、手紙か地図でも盗み見ることが最初の一歩の予定だった。

 

だが、これを出されてはその危険を冒すことを止めねばならなくなる。あの部屋の中には、これ以上のものがある。しかしそこに入ったことが明らかになれば、もう二度と信頼されることはないだろう。エレーリヤは以前の授業で隣りに座るガルースが語っていた内容を思い出す。

 

信用とは、外交官にとって不可欠なものだ。それがたとえ血ではなく実力によって、いた期間よりも成したことによって評価される総権国であっても、こと人間関係が大きな要素を占める外交では長らくその地域に馴染んだ人物を使うことが避けられなかった。

 

エレーリヤの父であるガロテーエンは、本当に稀な人物なのだ。書記官という立場は、総権国の行政分野で培われたものだ。かつて統合王国語が宮廷で用いられていた頃、彼は多くを西側の書物から学んだ。そして統合王国を中心とした西側に渡ってからも、地位を信頼してもらうまでには長い時間をかけた。今でもなお、彼は真の外交官とはみなされていないところがある。

 

その娘が、学院で機密を盗み出したとなれば一度は成功と言えるだろう。だがそれは繰り返すことのできない成功だ。将軍を先陣に置いて敵の指揮官を討ち取っても、報復として将軍が暗殺されれば意味がないのだ。

 

「さて、ではお話をしましょう。今後の統合王国について、あなたがたはどういう姿勢を取っていますか?協力できる範囲での協力と、対立する範囲の確認をしましょう」

 

テレナは面倒な外交儀礼を一旦飛ばすことにした。互いに手札を隠し持っているという点では、それは紙牌(パレ・ユコス)でやる遊びに似ていた。だからこそテレナたちは真っ先に何枚か手札を出して、遊戯の性質を変えることを試みた。

 

少なくとも、この部屋に集まる人々は敵ではない、という姿勢をテレナは取った。対立することはあれど、それぞれが自分の信じるもののために動いているだけなのだ、と。

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