「いやぁ大変そうですねあの二人」
フュルシーアは楽しそうに言いながらレイルグに宛てられた手紙を読む。
「二人って?」
そう聞くのはシェプルスキア。第四学年となり、時間ができたので弓と銃と馬とその他諸々の基本的な練習をやり直して、今日の疲れた身体をゆっくりと長椅子に座って揉んでいるところだった。
「エレーリヤさんとフェバー教授ですよ」
「ああ、確かテレナとアニド君が地図を見せたんだっけ」
「あれの一つ古いやつですけどね」
そう言ってフュルシーアは壁の地図を見る。セラベールの報告書によってより実体が明らかになった統合王国は、富の不均衡とどこかに消えている税収が見て取れた。
そしてその分析は、あまり嬉しくない結果を示していた。ルメン・デリロスが言ったような貴族の贅沢は、全体の問題のわずかに過ぎない。例えば請負人制度は集めるべき税金を高める作用を持つ。実際の農地を見ることなしに、いくら集めろと指示するだけでいいのだ。
そうすれば、余剰の富が統合王国の中に増える。それは貴族の収入や年金という形になり、あるいは裕福な市民が溜め込むものとなる。取引の手数料、あるいは官職の購入の形で国庫にはある程度戻ってくるものの、その途中で計算が合わなくなるのはよくあることだった。
むしろ、富を得ているのは貴族ではない。建築家、職人、芸術家、あるいは商人。皮肉なことに、アニドの言うところの中流階級こそが今の体制においてもっとも富んでいるのであった。
「……ところで、あんなに詳しく教えてよかったの?」
「私がとやかく言うことはできませんが、悪くない方向だったと思いますよ。無能な敵というのは、逆に読みにくいものです」
「……戦場の感覚と微妙に違うから、なんとも言えないなぁ」
「戦場だと愚かな人は死んで消えるなり、責任を取らされるなりしますが、少なくとも商売の世界はそうではないんですよ。金がある限りやり直せる」
「でも、金が尽きたら?」
「そりゃぁ、色々ですよ。南方街はそういう方々に対して隣人として手を差し伸ばしていますからね」
そう言ってフュルシーアは笑顔を浮かべる。南方街にとって、人間は商品ですらあった。もちろん、単純な労働力だけというわけではない。人間は様々な欲望を持つし、それを受け止める場所があれば大金を払うのだ。
そしてそのような地域は、各地に広がっている。異国の肌の熱を感じたい、という需要はある。そこで稼げる金は、ある意味で人生を変えるほどのものだ。もちろん上流階級に斡旋するほどの力を多くの南方街は持っていなかったが、それでも異国でそうして力を持った例をフュルシーアは知らないわけではなかった。
「……負けても大丈夫、って思っている指揮官は勝てないよ」
「そういうものですか?シェプルスキア先輩のほうだと負けても大丈夫なようにしていると思っていたんですが」
「指揮官はそう思ったらいけない。参謀は考えなくちゃいけない。……ちょっと違うな、指揮官は部下に、ここで負けてもいいと思っているという風に見られちゃいけない、かな」
「大変ですね。しかしそうするとあれですか、シェプルスキア先輩が率いる賢い軍ってやつは、そうとう指揮官もやりづらそうですね」
シェプルスキアは頷く。賢い兵によって作られた、賢い軍。冬の学院で指揮のようなことをした経験から言って、文字が読める兵は間違いなく戦場を変える。ただ、彼らを率いるのは容易ではないというのがシェプルスキアの意見だった。
シェプルスキアの知るような範囲では、指揮官は兵よりも強く、勇気のあるところを見せなければならなかった。シェプルスキアでさえ、最低限とはいえ剣の扱いを父から仕込まれていたのだ。その腕前は少なくともちょっと学院の授業で剣を持った程度の学生であれば絡め手で倒せるという程度であるが、それでも舐めた新兵に規律を教えることはできた。
これからはそうではない。今の参謀が持っているような知識と視点が前提になってくる。戦場だけを見るだけでは、指揮官としても不十分だ。あらゆる兵が、あらゆる分野の知識を基礎として持っている。もちろん兵科の壁を超えることは難しいだろうが、それでも容易な連携はできるようになるだろう。
「……勉強しなくちゃいけない。兵も、指揮官も、参謀も。でもそうやって作った兵は、本来はどこに出てもいい仕事をするはずなんだよ。畑で天気を見て、鍛冶で便利な道具を作って、新しい品物を仕入れて、館で書類を整理する。そういう人じゃないと勝てない戦争になったらって思うと、これから先は戦争がどんどん大変になるんじゃないかって」
「効率が悪いんだったら止めません?」
「……あのね、フュルーちゃん。戦争を知っている?」
フュルシーアはそう尋ねられて、小さく首を横に振った。
「あたしもわかってるなんて言えないけどさ、本当に強い兵は覚悟があるんだよ。家族を守るためだとか、ここの恩賞で金を手に入れなくちゃいけないとか。でも、賢い兵はもっと別のものを見ると思う。俺達のために、ってこととか」
「団結しすぎる、ってことですか?」
「なんていうかな……。あたしもちゃんと言葉にできるわけじゃないんだけど、勉強すればするほど、あたしはイヴェリャン団が、イウェラ連隊が好きになってる。テレナだって、故郷が大好きでしょ?」
「そういうものですかね」
「冬の学院であたしが色々お願いした学生たちは、学院のためだからって理由で頑張ってくれた。それが隣の戦友のためなのか、連隊のためなのか、あるいはあたしの場合なら忠誠を誓った王冠と議会のためなのか、わかんないけど、そういうのができる……気がする」
「なんか私からするとおかしい気もするんですけどね。本なんて読んだらたいてい碌でもない人間になりますよ。他人のために動くなんてことに意味があるのだろうかとか考えてしまうような」
「……そうかな」
「ただ、シェプルスキア先輩がそう思ったということは覚えておきます。私たちは本を信心なきゆえに売っていますが、信心ゆえに本を売る人たちもいます。聖典とか経典とかを作っている人はそうですね。写本として手で作るのはまだ残っていますし」
「案外、そういうものに近いのかな。信じられるようになるっていうか、信じるだけの理由が持てるようになるっていうか」
「気の所為もしれませんけどね」
そう言ってフュルシーアは紙をめくった。レイルグが書いた全国民会法の法案が、どこかから漏れて新聞に掲載されたらしいという一文がそこにはあった。