角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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白雪の中で議論は始まる 5

「それじゃあテレナさん、寒い冬は本当に気をつけてくださいね?」

 

「わかっております、ネア先輩」

 

テレナはネアに外套の襟を直されながら、頑張って笑みを浮かべた。他人に親切にされることに慣れていないわけではなかったが、腹の中が読めない相手ではテレナもどうしても緊張しながら敵意がないことを示すしかなかったのだ。

 

「それじゃあ、また。そう遠くないうちに」

 

「……ええ、はい」

 

ネアはそう言って、北へ向かう馬車に乗り込んだ。この時期には授業が全て終わり、学院から各地に移動する馬車が子女たちを迎えに来ていた。

 

「……良い馬車だね」

 

付き添いで来ていたシェプルスキアは、白くなるため息を吐いたテレナの隣で言った。御者が鞭を振るうと、馬車は音を立てて石畳の上を走り出した。

 

「ええ、板式の衝撃吸収がついている」

 

テレナは車輪の上についていた重なった金属板を思い出しながら言った。複数の長さの異なる板を並べることによって高い衝撃吸収能力を狭い空間に収めるというものだ。

 

「えっそういうのもあるの?」

 

シェプルスキアは少し驚いたように言った。

 

「詳しくはないけど、おそらく冷海同盟のほうの新型よ。あそこの商人たちは派手さを取ることもあるけど、ああいう地味に見えて細かいところまで気を配られたような製品を作り出すこともある」

 

「そうなんだ……」

 

「ところで、シェプはなんであの馬車が良いと思ったの?」

 

踵を返して寮への帰り道を二人で歩きながら、テレナはシェプルスキアに聞いた。

 

「車輪の周りが頑丈そうだった……とか、あとは荷物をいっぱい入れられるから、とかかな。それと馬の交換もしやすそうだったし」

 

「そういう視点もあるのね……」

 

「でも、前の統合王国の馬車とは違ったよね。なんていうか、あまり飾り気がないというか……」

 

そう言うシェプルスキアが見たのはテアリアたちが乗った金色の飾りが多くついた馬車であった。その馬車は彼らを故郷に運ぶのではなく、冬の間に社交が行われる館に連れて行く。多くの学生は社交界入りを学院卒業後に済ませるために、テアリアたちは館で働きながら上流階級の振る舞いを見て学ぶことになるのだろう、とテレナは考えていた。

 

「統合王国のあれは見栄よ。首都や社交用の宮殿がある場所までもそう遠くないし、街道も整備されているから見せびらかすのも目的の一つ」

 

「ああ、そっか。ここは別に狙われないのか……」

 

シェプルスキアにとって、派手な装飾の両面性はかなり重要だった。例えば戦場においてはそのような装飾は兵を鼓舞させるとともに、狙撃手にとっての目印になる。それがなければ侮られることも理解していたが、同時に邪魔でもあった。

 

シェプルスキアの知る東方と違って、西方ではより間接的な権謀術数が排除のために用いられていた。この点において、シェプルスキアは統合王国語における「平和」と「文明的」なやり方についてはそれなりの覚えがあった。

 

「まあ、野盗も護衛がついた馬車を狙うほど馬鹿ではないわよ。もしやったら縛り首……では済まないわね、関係者はもちろん、その地域の領主も連座かしら」

 

テレナにとっては、領主というのはそのような理不尽を負う義務と引き換えにそこまででもない特権を得る役割であると考えていた。もちろんその日の食事に困ることはなく、遊ぼうと思えば様々な楽しみを得ることもできるが、敵を作り排除されない程度に無害だと振る舞うためには膨大な尊厳を炭鉱の排水機械に使う燃料のように燃やし尽くしながら卑屈に生きるしかない、ある意味で不自由の極みのような立場である。

 

「……そうだよね、領主っていうのはそういう覚悟がないと」

 

「とはいえ貴族の馬車が狙われるなんて話は決して珍しいわけではないわね、短銃の練習もしておいたほうがいいかしらね……」

 

「あたし触ったことあるけど、あれはあまり良くないよ」

 

「……何で触ったことがあるの?」

 

「決闘」

 

「ああ……」

 

北側世界において、剣による決闘はしばしば見られた。

 

裁判制度の整備は進んでいたが、例えば統合王国の裁判官はどうしても法の専門家というより売買の対象となる官職であったし、同君地域においては膨大な地域法と百年前に崩壊した神聖連邦の残滓のような共通法、正統派の強い地域で用いられる教会法典、更に角灯主義者による統合法の制定運動などが絡んでいた。

 

また、冷海同盟においては商取引のための制度が高度に発展していたが、そのために法律の専門家に求められる知識が非常に複雑になもとのなった。結果的に、膨大な報酬で専門家を雇わなければ裁判で勝つことが難しくなっていた。

 

それに比べれば、関係者二人の同意さえあればすぐに行うことのできる決闘というものは誰にとっても都合がいい。その野蛮さや法の合理性に対する異議などがあったものの、多くの地域で制限はあるが裁判の一つとして認められている以上正当性は一定程度は担保されている。

 

そしてなにより、準備が容易だ。必要なのは短銃二つ。かつて用いられていた剣ほどの鍛錬を必要とせず、女性であっても手に取ることができ、そして勝つことができれば名誉の名のもとにそれまでの行動が正当化されるのである。

 

「私がやったことはないけどね、傭兵団のときにも基本的には内輪での決闘は禁止だったから」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「傭兵団の支払いが滞ったことがあってね、それで父の手伝いで」

 

「そういうことね。勝ったの?」

 

「丁寧に作った布と鉄の装甲は、短銃程度であれば止めることができるから」

 

「うわぁ」

 

そう言いながらも、テレナはそういった名誉に反する行動を堂々と述べることのできるシェプルスキアに尊敬の念を払っていた。テレナの思考はどうしても貴族社会、あるいは同君地域の一地域の知識や経験に縛られる。その枠を超えた選択肢を持つことができるというのは、それを選ぶことも選ばないこともできるという意味で強力な武器となりうるものだった。

 

「ちゃんと先に当てれたから大丈夫だから!」

 

「何が大丈夫なんだか。たとえ止められたとしても骨が折れると聞いたけど」

 

「相手のは外れたよ、そして結局向こうは追加で払ってくれた」

 

「……よく考えると、作法を知らない相手への支払いを踏み倒そうとする非道ね」

 

「でも、こっちのほうが相手より上手にできた。だから、色々と学んでおくべきなんだって思って」

 

「なら今夜は図書室開けてもらうわよ、ヨルワ教授から夜間外出の許可は得ているから」

 

テレナに言われて、シェプルスキアは面倒そうな表情を浮かべてうめき声を出した。

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