角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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因縁を撚りて議場は開く
因縁を撚りて議場は開く 1


「珍しい、テレナさんが真面目に課題をやっているなんて」

 

図書室で本を積み上げてペンを走らせていたテレナに、通りすがったカロネが言う。

 

「お久しぶり、カロネさん。同君地域のほうに一旦戻ってたんだっけ?」

 

「ええ。第四学年になってずっと学院にいなくいていいってなったら縁談をあちこちから持ってこられて。もう面倒で面倒で……」

 

カロネはそう言って同級生のテレナの前でため息を吐いた。

 

「それで、良い相手はいましたか?」

 

「うーん、なんていうか学院にいたせいでちょっとやそっとの人では良いとは思えなくなったかもしれない」

 

「角灯主義に染まってしまった悪い娘だ、追放の命令とか言われるんじゃないの?」

 

「だれが悪霊に取り憑かれているですって?」

 

冗談としてそう言えるほどには、カロネの信仰は落ち着いていた。それは彼女が深い信仰を捨てたというわけではない。ただ、自分ほどに聖典を読み込めない人もいて、彼らを嘲笑し、無知だと罵り、あるいは蔑むのは、聖典に描かれる主のあり方ではない、と考えていただけだ。

 

「……そちらの方は、動いている?」

 

「内々に軍の動員に備えろと」

 

「王国級だと気がつきますか」

 

カロネの父はネヴォエリ王国の副公爵だった。そしてネヴォエリ王国の王冠はハッヘンヴルト家のものであることを踏まえると、彼女の父はネヴォエリ王国の中でもそれなりに上位の役職にいた。

 

「テレナさんがどこまでやっているのかは知らないけど、傲慢にならないようにね」

 

「……故郷を守ろうとすることは、そこまで傲慢?」

 

テレナは言う。もちろん、テレナはやろうと思えばいくらでも反論と正当化ができた。しかし、ここはカロネの言葉を聞きたいと考えていた。

 

統合王国の地図を見ていると、どうしてもどこかに飛ばされてしまいそうな足元の覚束なさを感じる時がある。シェプルスキアが血の匂いによって、アニドが血の縁によって縛られて、あるいは飛ばされないようにしているのに対し、テレナにはそういったものが決して多いわけではなかった。

 

家庭教師との旅は、彼女に普通の貴族令嬢では持てないような視点をもたらした。しかし、今の彼女にはそれすら演出だったのではないかと考えてしまうほどの知性がある。全てが計画されたわけでも、偶然でもなかっただろうが、旅をしていたテレナが伯爵令嬢であると知っていた人は少なくなかっただろう。

 

そういって彼女を気遣ってくれた人々に対して、自身は果たすべき責務を持っているとテレナは考えていた。それは持つものが持たざるものに向ける傲慢かもしれない。しかし、それは同時に矜持でもあった。

 

「……隣人を愛せ、敵を憎め、と聖典にはあるわ。主の弟子は、主を連れ去ろうとする兵の耳を切り落とした」

 

「私がそれに同意したら主の教えを説こうというつもりでしょう。さすがにわかるわよ」

 

「そうじゃない、テレナさん」

 

カロネの言葉に、テレナは口角を下ろして、真っ直ぐにカロネを見た。

 

「あなたは主ではない。私もそう。だから私はあなたが隣人のために敵を死に追いやろうと、あなたが剣を取ろうとも、それを止めることはしない。でも、あなたが犠牲にしたい相手はも、同じように考えているのよ」

 

「……聖典を物語だと言うような相手だとしても?」

 

少なくとも、統合王国における結社は角灯主義の中でも反宗教的、そこまでとは言わずとも聖典で描かれる神のあり方を単純には肯定しないようにな人々であった。もちろん聖典のあり方は誰しもが持っているものであり、学院の中でそこから一歩引いた立場を取れているのはフュシーアぐらいしかいなかった。テレナでさえ、半歩下がるのが限界だったのだ。

 

「あなたもでしょう。そういう問題じゃないの。そこには人がいる。罪深いとされ、追いやられ、そして何かにすがるか、あるいは立ち上がらなければならない人がいる。彼らは駒じゃない。あなたが、あなたの手で、覚悟を持って討たねばならない敵よ」

 

カロネはテレナがやっていることの全てを知っているわけではない。ただ、彼女が故郷のために統合王国を、同君地域を、そして総権国までをも動かしていることを知っていた。今のカロネは学院における聖座関係者の中で最高学年であり、エネトとまでは行かなくとも多くのことを学んでいる後輩たちに慕われる、敬虔な少女であった。

 

「……リュクバーンに、私をどうにかするよう吹き込まれた?」

 

「エネト先輩からの手紙は着いているわよ。教会の中の、手紙にも書けない仕事をしていると。でも、あなたがそれをさせたのでしょう?」

 

テレナは否定しなかった。彼女の計画では、ルメン・デリロスには大きな役割が任せられている。それを失敗しないように制御するのは、枢要僧であるリュクバーンの仕事だった。

 

「……私に、敵と正面から向き合って何ができる?」

 

テレナは、眼の前の同級生にあまり今まで言えなかったことを口にした。

 

「……あなたなら、どうにかなるでしょう」

 

「平凡な、同君地域でも異宗派として微妙な立場にいる伯爵の令嬢の言葉を、統合王国の誰が聞いてくれる?アニド君であれば、アニド卿として統合王国の宮廷社交界に立てる。ルメン・デリロスは王子。ファーネスタ姉は紫旗連隊と繋がりのある公爵家で、エネトの後ろにはリュクバーン枢要僧がいる。私には、誰もいない」

 

それは、彼女がここに立たねばならない理由であったし、彼女が隠れなければならない理由でもあった。

 

「……卑怯よ」

 

カロネは、そう言うのが精一杯だった。テレナが直面しているものを、彼女は片鱗ではあるが知っている。生まれ、富、性別、その他多くのものが人々を縛っている。舞台から離れられないように縛る鎖もあれば、舞台に出られないように縛る鎖もあった。

 

「正しくあるために、私に故郷を見捨てろと?」

 

「……間違っていてもいいの。きっと。それでもなお、己が憐れみを受けるべき身であることを認めていれば」

 

それはカロネができる、精一杯の言葉だった。学院を卒業すればカロネは故郷に戻ることになる。そうなれば、かつての同級生の立場と対立することもあるだろう。血が流れる衝突も、十分に有り得る情勢だった。それでもなお、カロネは相手に憐れみあれと願えるよう、自分に強さをもたらしてほしいと主に願っていた。

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