角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

252 / 300
因縁を撚りて議場は開く 2

「それでは、シェプルスキア嬢に斬りかからんとするものはいるかね?」

 

訓練場の土の上に立ってそう言うヴィンサートは、ついに第一学年の授業に近接戦闘を取り入れた。教授会議からはさすがにまずいのではないかとの意見もあったが、実際に模擬刀を握るのは志願した学生たちということになっていた。ただ、わざわざ志願する学生も多いわけではなかった。

 

「あたしに傷をつけられたら故郷で自慢できるよ。自分はあの共和王冠国の女領主と一対一で戦ったんだって言えば、それなりの話の種にはなるんじゃないかな」

 

シェプルスキアは背筋を伸ばし、挑発的に若い学生を見ながら手の中で剣を回す。持って構えるだけでも慣れない人であれば難しいのだが、手慣れていたシェプルスキアにとっては刃がない分多少無茶な扱いをしても安心して使えるものだった。鉄の塊とはいえ、どこを中心に回るかさえ理解していれば剣舞の真似事ぐらいはできる。

 

そうしてくるりくるりと器用に刃を回すシェプルスキアを見て、騎士団領出身のヤトンは息を吐いていた。騎士団領は古臭い伝統が好きだ。将校学校でよくある剣での決闘で死者と退学者が出ているのは関係者であればよく知っている話だ。だが、彼らは人を殺すために剣の腕を磨いているわけではない。

 

シェプルスキアは違う。もちろん、それは指揮官として信頼されるためでもあるのだろう。馬の上で腰に帯びた剣を抜き、敵軍に向かって突きつける。それを淀みなくこなすことができれば、それを見た兵はその指揮官についていくだろう。そのためには、きちんとした練習が必要だ。

 

だが、シェプルスキアの剣の扱い方はそれ以上のものだった。彼女は近接戦闘の道具として、その剣を持っている。打ち合いではないかもしれないが、それでも彼女は倒れた兵にとどめを刺す程度の技量はある。

 

「……私が、出ます」

 

真っ先にそう言ったのは、総権国から来た学生であるエレーリヤだった。周囲のざわめきのおかげで、遠目から見ているシェプルスキアでも明らかにそれが予期されていたものではないことがわかった。

 

「ほう」

 

ヴィンサートは老将らしい笑みを浮かべた。こちらに向かうエレーリヤの歩き方は、少なくとも意識をして身体を動かせる段階にあることを示している。舞踏の延長線上かもしれないが、それでも正しい姿勢は重要だ。それだけ相手が攻撃しにくくなるし、急所を守りやすくなる。

 

「エレーリヤ嬢、ちゃんと防具をつけておきなね。できるだけ止めるようにはするけど」

 

「あまり顔を狙わないでくださると助かります」

 

そう言ってエレーリヤが手に取ったのは、細い針のようにも見える剣だった。貴族的な、魅せるための剣技。それを嗜む女性は多くなかったが、いないわけではなかった。

 

「……ヴィンサート教授、革の胸当てをください。さすがに刺されると痛そうだ」

 

「確かにそうだ。おいヤトン、取ってこい」

 

「はっ!」

 

ヤトンがこの授業でヴィンサートの助手として動いていたのは、彼が命令される側の立場を学びたいと自ら申し出たからだった。多くの場合、将校は貴族で固められる。そうなれば大抵の場合は上下関係というのはおざなりになり、規律というものが失われてしまうのだ。一方で、それ以下の階級の兵たちとは明確な差異が残ってしまう。

 

お前もどうせ将校だろうと思われないようにするためには、自らが最も規律に従う姿を見せねばならない、というのがヤトンが学んで出した結論だった。それは騎士団領でさえ奇妙と思われる立場かもしれない。それを貫くことができるかもわからない。それでも、考えたことがあるというのはそうではないことよりもまだマシだと考えていた。

 

そうした異様な空気の中で、学生と教授が見つめる中、二人の剣士が立ち会う。新入生たちの少なくない人がシェプルスキアを、あるいはかつてのイプルカを知っていた。ただ、彼らはそれでも友人の、あるいは親友のエレーリヤを応援していた。

 

八歩の間を開け、二人は剣を構えた。

 

「開始」

 

そう言って、ヴィンサートが腕を振り下ろすと同時にエレーリヤは地面を蹴った。狙うは心臓。身長差を剣の長さの差と軽さによって補おうというエレーリヤの考えをシェプルスキアは読んでいたが、それでもここまで素早く真っ直ぐに攻めてくるとは思っていなかった。

 

だが、それだけだ。おそらく彼女は剣の教師に蹴られたことがないのだろうなと思いながらシェプルスキアは身体を回すようにして細い剣を滑らせるように避ける。

 

そして、握り込んだ柄でシェプルスキアはエレーリヤの腹を防具の上から殴りつけた。しかし、同時にエレーリヤの剣がシェプルスキアの喉に触れていた。

 

「そこまで。……この場合は、両者とも相打ちと見るのがいいだろう」

 

シェプルスキアはヴィンサートの言葉を聞きながら、喉をこすった剣の熱を感じていた。剣を二度突き出していたわけだ。それが見えなかったということは、正面に突き出すだけの練習を続けていたということになる。シェプルスキアの知らない軽く細い剣だからこそできたものだ。戦場で通用するとは限らない、と思いながらもあくまで練習で敗北を学べてよかったな、と考えていた。

 

エレーリヤは立つことができなかった。相当に手加減をされたのだろうにもかかわらず、彼女の臓腑にはかき混ぜられたような感覚があった。服の下という痕が見えにくい場所でよかったと思いながら、痛みと苦しみをゆっくり呼吸をして鎮めていく。

 

形を見れば、どちらが勝ちと言うのは難しい。試合の後、立っているのはシェプルスキアだ。しかし、刃を当てたのはエレーリヤである。そして少なくとも試合を見ていた学生たちは、自分たちの友人が東方の英雄と対等に立ち会ったことを驚き、また喜んで歓声を上げていた。

 

「……いい人たちね」

 

シェプルスキアはエレーリヤの腋の下に手を入れて持ち上げるようにしながら言う。エレーリヤの中には屈辱的な感情があったが、それを表に出せるほどの余裕はなかった。

 

「……でしょう?」

 

エレーリヤにできるのは、精一杯の笑顔でそれを自慢することだった。謀略のために作った関係であっても、こうやって称えられるのは案外悪くないものだなとシェプルスキアをかろうじて負かせたという少し遅れてやってきた喜びとともに、エレーリヤは片手を挙げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。