角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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因縁を撚りて議場は開く 4

「……無理!」

 

本に埋もれたテレナは叫ぶ。

 

「どうしたんですか、テレナ先輩」

 

そう言いながら、フュルシーアは読んでいた小説の頁をめくる。

 

「議員候補が多すぎる。この中から特定の人を通すのも、特定の人を落とすのもまず無理。せいぜい、ある問題を気にしている人が誰につながればいいのか仲介できるような人を用意するのが精一杯」

 

テレナの作った地図は、全国民会の設立が近づくにつれて崩壊していた。民衆が権力を持てるようになるということは、見えなくなるものが増えるということだ。

 

名簿に載っているのは、名前と職業だけ。そしてその職業も正しいかどうかもわからない。作家や詩人などというのは誰でも名乗れるのだ。

 

「本を買うときみたいなものですよ。それらしい表題であれば、人は手に取るのです」

 

そう言うフュルシーアは、選ばれる本を作るのは少し得意だという自覚があった。少なくない人は、本を自分が読みたいからではなく周囲に本を読んでいると思われたいからこそ読むのだ。そうでなければ、本の安くなった今の時代に装丁に凝ったものが出る理由をうまく説明できない。

 

読者としてのフュルシーアはそのような人のことをあまり好んではいなかったが、売り手としてのフュルシーアはそういった顧客をそれなりに歓迎していた。商人は売れるから売るのだ。売れる本は大概面白いが、面白いからと言って売れるとは限らないのだ。

 

「……もし票を集められる人を作りたいとしたら、どうする?」

 

テレナはシェプルスキアに聞く。

 

「まずは知られる必要があります。そうですね、最初からある程度の有名人の方がいいでしょう。そして、その名前をあちこちで聞くようにします。となるとなんだろう、昔なら詩人に歌わせるとかだったでしょうけど今なら新聞に寄稿したり、本を出したりとかでしょうか。投票するような暇な人を狙うべきでしょうね」

 

「暇って……」

 

「あくせく働いている人は、もし投票に行けたとしても一人ひとりを吟味する暇などありませんよ。とはいえ彼らも正当性のために用いられるでしょうね。そういう人には、日頃読んでいるような低俗な新聞か小説の登場人物に、候補者と似た人物を出せばいいのです」

 

「ルメン・デリロスは、そこまで理解していた?」

 

テレナの問いかけに、フュルシーアは頷いた。

 

「ええ、おそらくは。例の本は南方街らしくはないやり方で作られてはいますが、売ったのは私たちです。危険な本と、売れる本の両方を理解している人が背後にいるでしょう」

 

「誰だか具体的にわかったりしない?」

 

「無理ですよ、先輩の言っていたウィルトールについてもそれなりに調べられているそうですが、まだ見つかっていないのでしょう?」

 

フュルシーアは、統合王国の長い手を知っていた。彼女が属する蜘蛛の巣のような人の繋がりに匹敵する、西側世界の多くの場所に届くものだ。そして彼らがウィルトールを探していることも、繋がった人々からフュルシーアは聞いていた。

 

もちろん、それは「墜ちる灯火」が彼によって書かれたことを意味しない。おそらくは何人かのその分野の専門家たちが協力して出版を行ったのだろう、とフュルシーアは考えていた。彼らは危ない本を出したいから出すのだ。それは商人が売れるから売るのとそう変わりはない。

 

「……彼が全てを操っているとは思わないけど、私ぐらいには今の統合王国の混乱に絡んでいるとは思うのよね」

 

「相当じゃないですか」

 

「少なくとも第三王子は私たちと同じぐらいには現状を理解しているわよ。もし彼の行動が一通り統合王国をどうにかしようとするためのものだったとすれば……私はそれを、悪いとは言い切れない」

 

起こったのは間違いなく混乱だし、その中で地位を得るのはどう考えても後世の歴史家から簒奪と言えるような行動だ、というのはテレナにとって前提だった。ただ、それでももし自分がルメン・デリロスの立場にあって、何かを変えねばならないという使命感があるのなら、自分が主役となる劇を演じる必要があると理解したのではないだろうか、とテレナには理解できてしまう。

 

それは直接繋がる人の少ない高貴な身分だからこその見ているものの違いかもしれない。テレナに手を貸してくれたアニドは、王室の一人でありながら庶子として微妙な立場にある人物だった。もし彼がいなければ、統合王国をテレナ一人でどうにかするという発想すら浮かばなかっただろう。

 

「……ねえ、フュルシーア嬢」

 

「なんですか?」

 

「自分が故郷を裏切るしかない時、自分は裏切り者だって思いながらずっと生きるのと、自分は裏切るようなことなんてしていない、最初から恩義も義務もなかったのだと考えるのと、どちらが楽だと思う?」

 

「神学論争ですか?帰伏教徒としてのやつがいいですか?それとも粗布教団の?」

 

フュルシーアは、南方街で静かに広まる独特の信仰を知っていた。あるいは、彼らが南方ではなく北方でしか生きられないのはそのためでもあった。

 

「……どちらが私にいいと思う?」

 

「普通の帰伏教では傲慢とか反抗とかは戒められるものですよ。それは声高らかに指摘されるわけではないけれども、個人が静かに向き合うべきものだとされている。でもですね、愛は、全なるものが我々に注ぐ愛は、そのようなものを打ち破るのです」

 

フュルシーアは立ち上がり、腕を広げて言う。それは彼女の持つ明確な信仰だった。彼女は人間の持つ熱を信じていた。それは神から人に与えられたもので、世俗の規範を打ち破るために人間が与えられているものだった。

 

彼女にとって、何かを売ることは強欲のために行われるものではなかった。それは相手の欲するところを成すことなのだ。そこには巨大なものに対する畏敬とその中の一つであるという認識があり、という話をしようとしてフュルシーアは自分の中の統合王国語ではそれを語りきれないとため息を吐いた。

 

「……愛、ね。誰かを愛することは、困難を踏破する力になる、と」

 

「はい。誰か、というよりももっと広く捉えるべきでしょうが」

 

「そのためになら、他人を傷つけ、他人の愛するものを侵してもいいと?」

 

「その衝突こそが熱であり、その熱こそが愛なのです。あなたは愛を静かに唱えますか?高らかに叫べないものに、価値はあるでしょうか?」

 

「……あなたたちが本を売るのは、それが声高らかだから?」

 

「そうです。私が通りで自分の好きなものを叫んでも、多くの人はそれを聞かず、私を狂ったと考えるでしょう。しかし本であれば、それはいつでも、どこであっても声となります」

 

「帰伏教はわかりにくいわね」

 

「これは別に普通の帰伏教ではないですし、粗布教団の主流ともちょっと違うのであまり気にしないでくださいね」

 

フュルシーアは少し自分の中のものを出しすぎたな、と反省しながらまた小説を読むために椅子に腰を下ろした。

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